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入門編 · 近代哲学の展開 · 第27

デカルト:近代哲学の出発点

1619年の冬、三十年戦争に従軍中のフランス人青年が、ドイツの小さな村に足止めされていました。寒さをしのぐために借りたペチカ部屋で、彼は一日中ストーブの前に座り、ある問いに取り憑かれていました。これまで自分が学校で学んだあらゆる知識のうち、本当に確実だと言えるものは一つでもあるのか。その夜、三つの夢を見て目覚めた青年こそ、後に近代哲学の父と呼ばれるデカルトでした。

すべてを疑う:方法的懐疑

デカルトが選んだ戦略は奇妙なものでした。少しでも疑える知識はすべて、いったん偽として捨てる。砂の上に建てた家を解体して、岩盤まで掘り下げて建て直すように。まず感覚は信用できません。遠くの塔が丸く見えても近づけば四角だったりする。次に、夢のなかでも私たちは目覚めているように感じる。だから今この瞬間が夢でないと、内側から証明することはできません。

さらに彼は徹底します。もしかしたら、私を欺くことだけを目的にした「悪い霊」がいて、私のあらゆる思考、数学の証明すら、実は偽の信念を吹き込んでいるとしたら。この極限の懐疑のあとで、それでも疑えないものは何か、と彼は問いを反転させました。

我思うゆえに我あり

答えは一点に収束しました。たとえすべてが偽であっても、今こうして疑っている私自身がいなければ、疑うという働きすら成り立ちません。Cogito, ergo sum。我思うゆえに我あり。これがすべての知識が建てられる岩盤です。合理論の出発点となるこの命題は、確実性を外側の伝統や権威ではなく、思考する自我そのものに置きました。

方法序説省察のなかでデカルトは、このコギトを足がかりに、明晰判明めいせきはんめいに把握できる観念は真であると認め、神の存在と外界の存在を一段ずつ証明していきます。中世の神学が「神→世界→人間」と上から組み立てたのに対し、デカルトは「私→神→世界」と下から組み立て直したのです。哲学の重心が、こうして人間の主観へと移っていきました。

心身二元論の遺産

コギトに到達したデカルトは、もう一つ重要な区別を立てます。考える私と、空間に広がる物体は、まったく別の種類の実体です。前者は思惟しいする実体、後者は延長えんちょうする実体。この心身二元論は、人間の身体を含めた自然全体を、数学的・機械論的に研究することを可能にしました。

一方、心と身体がそれほど別物なら、両者はどうやって結びついているのか、という難問も生まれます。デカルト自身は脳の松果腺しょうかせんを接点と考えましたが、後継者たちはこの説明に満足しませんでした。心身問題は、現代の脳科学と意識研究のなかで今も生きている問題です。

あなたが「これだけは絶対に確かだ」と感じることを一つ挙げてみてください。その確かさは、外から与えられたものでしょうか、自分の内側から立ち上がっているものでしょうか。

デカルトが開いた二つの道

デカルトの仕事は、その後の西洋哲学を二つの大きな川に分岐させていきました。一つは大陸ヨーロッパで展開する合理論。スピノザライプニッツが、デカルトの「明晰判明な観念」をさらに体系化していく道です。もう一つは海峡の向こうのイギリスで育つ経験論ロックバークリーヒュームが「いや、すべての観念はやはり経験から来る」と反論する道。次の二章では、この二つの川の流れを順に追っていきます。