専門編 · 思想運動と流派 · 第89章
現象学運動:志向性から間身体性へ
1900年フッサール『論理学研究』の出版から1962年メルロ=ポンティの死まで、半世紀あまりにわたって展開した現象学運動は、20世紀大陸哲学の地形を決定的に塗り替えました。フッサール、ハイデガー、サルトルといった巨人の名は前章までで扱いました。本章では、この思想運動全体を「事象そのものへ」という標語の系譜として読み直します。
三世代の現象学者 — 創始からフランスへ
第一世代がフッサールと彼のゲッティンゲン学派です。シェーラー(価値の現象学)、ヘートヴィヒ・コンラート=マルティウス、エディット・シュタインといった哲学者たちが、1900年代の『論理学研究』を中心に集まりました。1916年にフッサールがフライブルクに移ると、ハイデガーが第二世代の中心となります。
第三世代は1930年代以降のフランスです。サルトル、メルロ=ポンティ、レヴィナスがフッサールとハイデガーをフランス哲学に導入し、1943年のサルトル『存在と無』、1945年のメルロ=ポンティ『知覚の現象学』が相次いで出版されます。戦後フランスは現象学の本拠地となり、ボーヴォワール、ポール・リクールがその展開を担いました。
志向性と意味の構造
現象学運動を貫く中心概念が志向性(Intentionalität)です。意識は常に「何ものかについての意識」であり、対象は意識に内在しないが、意識作用の構造のなかにすでに対象との関係が織り込まれている。フッサールはノエシス(意識作用)とノエマ(意識対象としての意味)の対概念で、この相関関係を分析しました。
フッサール後、各哲学者は志向性の概念を異なる方向に展開させます。シェーラーは情緒的な志向性、ハイデガーは「世界内存在」としての先意識的な志向性、サルトルは無の志向性。ガブリエル・マルセル、ハインリッヒ・ロムバッハ、ベルンハルト・ヴァルデンフェルス、現代のダン・ザハヴィに至るまで、志向性の分析は今も精緻化され続けています。
メルロ=ポンティと身体の現象学
1908年生まれのモーリス・メルロ=ポンティは、フッサールとハイデガーの両者を受容しながら、独自の身体の現象学を打ち立てました。1945年の『知覚の現象学』が示したのは、意識は脱身体化された主観ではなく、世界に住み込む身体(corps)として在ることの優位です。私が手を伸ばしてリンゴを掴むとき、計算的な思考は介在せず、世界が身体に直接呼びかけている。
晩年の遺稿『見えるものと見えないもの』では、「肉(chair)」という独特の概念で、見る者と見られるものを貫く存在の織物が描かれました。1961年の急逝で未完となったこの書は、20世紀後半のドゥルーズ、デリダ、現代の身体性認知科学(embodied cognition)に深い影響を残し続けています。
現代への展開 — ポスト現象学と東アジア
1980年代以降、ドン・アイディの「ポスト現象学」やヒューバート・ドレイファスのハイデガー解釈は、現象学を技術哲学・人工知能批判へ拡張しました。AIが世界を「身体的に」理解できないという批判は、メルロ=ポンティの遺産から直接引き出されています。マシュー・ラトクリフは医療の現象学を切り開き、抑うつや痛みの主観経験の構造を分析しています。
東アジアでは、京都学派の西田幾多郎・西谷啓治がフッサールとハイデガーを禅仏教の経験と接続し、独自の絶対無の哲学を構築しました。湯浅泰雄の身体論、市川浩の「身分け」論などは、メルロ=ポンティの身体現象学と東アジア的伝統を架橋する仕事です。次章では、現象学と並走しながら別の道を辿ったもう一つの巨大運動、分析哲学を辿ります。
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