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知覚の現象学

ちかくのげんしょうがく

モーリス・メルロ=ポンティ·現代

身体を哲学の中心に据えたメルロ=ポンティの主著

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哲学

この著作について

フランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティが、博士論文として提出し、のちに大きな影響を持つに至った主著で、身体を哲学の中心に据えた現象学の金字塔。

【内容】

本書は、経験主義と主知主義(合理主義)の双方を序論で批判したのち、第一部「身体」、第二部「知覚された世界」、第三部「自己と世界」の三部構成で議論が展開される。幻影肢、失語症、ゲシュタルト知覚、空間と時間の経験、性の現象学、他者の身体、言葉、自由といった多彩な主題が、神経病理学・発達心理学・言語学の具体的事例を駆使して分析される。中心となるのは「身体図式(シェマ・コルポレル)」と身体的志向性の概念であり、主体と世界を媒介する基盤としての身体が丁寧に描き出される。

【影響と意義】

本書はフッサール現象学を身体論的に徹底化し、デカルト的な心身二元論の具体的な解体を達成した。その射程はサルトル実存主義、エナクティビズム(フランシスコ・ヴァレラ、アルバ・ノエ)、フェミニスト現象学(アイリス・マリオン・ヤング)、認知科学、ロボット工学、ダンス・演劇論にまで及び、現代の身体論のほぼすべてが本書を経由して育った。

【なぜ今読むか】

スマホ越しの情報過多で身体感覚が希薄になりがちな時代に、生きている身体の厚みを取り戻させてくれる。自分の身体が世界とどう関わっているかを、哲学的に言語化する稀有な体験が得られる必読の古典である。

さらに深く

【内容のあらまし】

序論「古典的な偏見と現象への復帰」では、経験主義と主知主義(合理主義)の双方が批判される。経験主義は知覚を外的刺激の集積に還元し、主知主義は知覚を知性の判断作用に還元する。どちらも生きた知覚の経験から出発せず、構成された後の世界を前提にしてしまっている。メルロ=ポンティはフッサールの現象学的還元を徹底し、世界が立ち現れる以前の地平に立ち戻ろうとする。

第一部「身体」では、幻影肢、失語症、運動機能の障害といった神経病理学の事例から議論が始まる。客観的身体(生理学が扱う物体としての身体)と主体としての身体(生きられる身体)の区別が立てられ、両者を媒介するものとして「身体図式(シェマ・コルポレル)」が提示される。身体は世界に向かう志向性そのものであり、運動・空間・性・言語のすべてに先立つ前主体的な層を形成する。

第二部「知覚された世界」では、空間、事物、自然的世界、人間的世界という順で対象側の現象が記述される。物の奥行き、色の固有性、他者の身体の理解、文化的世界の歴史性が、ゲシュタルト心理学と発達心理学の具体的事例を駆使して描かれる。とりわけ他者経験の章は、他人の身体と私の身体が同じ「身体的志向性」を共有することで、孤立した自我の問題を回避する独自の道を開く。

第三部「自己と世界」(邦訳では「対自的存在と存在自体」と訳されることもある)では、コギト・時間・自由が主題となる。デカルト的な瞬間的コギトは退けられ、時間の地平のなかに身を置く受肉した主体性が描かれる。自由は完全な無条件の選択ではなく、状況のなかでの応答として位置づけられる。サルトル存在と無への内在的批判が随所に響いており、二人の友情と決裂の哲学的伏線にもなっている。

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