専門編 · 現代社会と応用倫理 · 第104章
環境と動物の倫理
1962年9月、海洋生物学者レイチェル・カーソンは『沈黙の春』を出版しました。冒頭の架空の町の描写、農薬DDTで鳥が死に絶え春の訪れを告げる声が消えた風景は、戦後アメリカの環境意識を一変させる衝撃を与えました。化学産業からの激しい攻撃を受けながら執筆を続けた彼女は、1964年に乳がんで亡くなります。本章はここから始まる環境・動物倫理の系譜を辿ります。
土地倫理から環境倫理学へ
20世紀前半、アメリカの森林管理官アルド・レオポルドは『野生のうたが聞こえる』(1949)で「土地倫理」を提唱しました。人間中心の倫理を、土壌・水・植物・動物を含む「土地共同体」全体へ拡張する発想です。「あるものが生物共同体の統合性、安定性、美を保つ傾向にあるとき、それは正しい」というレオポルドの定式は、環境倫理学の出発点となりました。
1973年、ノルウェーの哲学者アルネ・ネスは「ディープ・エコロジー」を提唱します。技術的解決を求める「シャロー(浅い)」エコロジーに対し、世界観そのものを生命中心に組み替える根源的な転換を求めました。同じ時期、ホームズ・ロルストンは内在的価値の客観性を、ベアード・キャリコットは関係主義的な価値理論を発展させ、環境倫理学が独立した学問として確立します。
シンガー『動物の解放』 — 種差別批判
1975年、オーストラリアの哲学者ピーター・シンガーは『動物の解放』を出版しました。彼の中心テーゼは衝撃的でした。動物実験と工場式畜産は、人種差別・性差別と同じ構造を持つ「種差別(speciesism)」です。功利主義の立場から、苦痛を感じる能力(感応性)を倫理的考慮の基準とすれば、種を超えた配慮が要請される。
シンガーの議論はベンサムが18世紀末に投じた「問題は彼らが理性を持つかではなく、苦痛を感じうるかだ」というテーゼを現代に蘇らせるものでした。彼自身がベジタリアンとなり、効果的利他主義(effective altruism)の運動を主導します。本書は世界中で動物福祉運動の理論的支柱となり、現在も影響を拡張し続けています。
トム・リーガンの動物の権利
シンガーの功利主義に対し、別の方向から動物倫理を打ち立てたのがトム・リーガンの『動物の権利擁護論』(1983)でした。リーガンは動物を単なる「苦痛感じる存在」ではなく、「生の主体」として捉えます。一定以上の認知能力を持つ動物は、自分の人生を持つ主体であり、その生命と自由は単なる人間の利益のために犠牲にされてはなりません。
シンガーが「最大多数の最大幸福」のためなら一部の動物実験を許容する余地を残すのに対し、リーガンは動物の絶対的権利を主張します。両者の対立は、ロールズ的義務論とベンサム的功利主義の対立を、動物倫理の文脈で再演している構図です。クリスティン・コースガード、マーサ・ヌスバウムも独自の動物倫理を提示しています。
気候危機と未来世代倫理
21世紀の環境倫理の中心問題が、気候変動です。1979年にハンス・ヨナスが『責任という原理』で提示したのは、技術文明が初めて未来世代の存在条件そのものを脅かすという事実への倫理的応答でした。「地球上の本当に人間的な生命が永続するように行為せよ」という新しい定言命法を、彼は提案します。
近年、気候正義(climate justice)の議論が活発化しています。気候危機の責任は歴史的に北半球の先進国にあるが、影響を最も受けるのは南半球の貧困国です。環境哲学者デール・ジェイミーソン、人類学者アナ・ツィンらは、種を超え、世代を超え、地域を超える正義の枠組みを模索しています。次章では、生命と医療をめぐるもう一つの応用倫理、生命倫理に進みます。
現代社会と応用倫理 · 第104章