専門編 · 現代社会と応用倫理 · 第103章
ポストコロニアル:植民地の影
1961年12月、白血病で死の床にあった36歳のフランツ・ファノンは、最後の本『地に呪われたる者』の校正を仕上げていました。アルジェリア戦争のただ中、フランス領カリブのマルティニーク島出身、精神科医として植民地の患者を治療し、FLN(アルジェリア民族解放戦線)に身を投じた人物です。本章はこの瞬間から、ポストコロニアル思想の系譜を辿ります。
ファノン — 植民地と暴力
ファノンの最初の書『黒い皮膚・白い仮面』(1952)は、26歳のときに書かれました。マルティニーク島で「フランス人」として育った若い黒人医学生がフランスに渡って体験した、人種化される瞬間の現象学です。「ねえ見て、黒人だ」と道で子どもに指差された瞬間、それまで彼が築いてきた自己理解は破裂し、白人の眼差しのなかで「黒人」として再定義される。
晩年の『地に呪われたる者』では、植民地解放の暴力をめぐる激論が展開されます。サルトルが序文を寄せたこの書は、植民地暴力の根絶のためには被植民者側からの暴力的応答が必要だ、というラディカルな議論を含みます。これは現代のポストコロニアル思想に深い議論を投じ続けるテーゼです。彼は1961年12月6日、ベセスダの病院で死去しました。
サイード『オリエンタリズム』
1978年、コロンビア大学のパレスチナ系アメリカ人エドワード・サイードは『オリエンタリズム』を出版します。この書は文学・歴史・政治を交差させ、「東洋」というカテゴリーが西洋の植民地的想像力によって作り出された構築物だと示しました。フローベール、ネルヴァル、英仏の中東学者の著作の中で、東洋は神秘的・受動的・女性的・専制的な「他者」として一貫して描かれてきた。
サイードの分析は、フーコーの権力/知概念とグラムシの覇権概念を結合させた、画期的な方法論を提示しました。植民地支配は軍事力だけでなく、知識生産の体系を通じて維持される。歴史学・人類学・文学研究そのものが、植民地的力関係に深く埋め込まれている。本書は文学批評・歴史学・地域研究を一新し、ポストコロニアル研究という学問領域を確立しました。
スピヴァクとサバルタン
インド出身のガヤトリ・スピヴァクは1985年の論文「サバルタンは語ることができるか」で、ポストコロニアル理論にもう一つの根本的問題を提起しました。植民地化された下層の女性たち(サバルタン)の声は、植民者の言語にも、エリート民族主義者の言語にも、フェミニスト学者の言語にも、何重もの翻訳を経なければ届きません。
スピヴァクは、1820年代のインドでサティ(寡婦殉死)が植民地政府によって禁止された場面を分析します。「白人男性が褐色の女性を、褐色の男性から救い出す」という植民地パターナリズムと、「我々の伝統」を擁護する民族主義のはざまで、当の女性自身の声は文書として残りません。彼女の問いは、グローバル化時代の発言権・代理表現・翻訳の問題として、現代でも参照されています。
ホミ・バーバから脱植民地化へ
ホミ・バーバは『文化の場所』(1994)で、植民地と被植民地の関係を「ハイブリディティ」と「ミミクリー(模倣)」として再概念化しました。植民地は単に支配されるのではなく、支配者の言語と慣習を模倣しつつズラすことで、内側から支配を脅かす。同質的な「東洋」「西洋」のカテゴリーは、現実には常に混じり合い、互いに侵食しあっています。
21世紀になると「脱植民地化(decolonization)」運動が世界各地で活発化しています。ウォルター・ミニョーロ、エンリケ・ドゥッセル、アシール・ムベンベらの仕事は、ヨーロッパ中心の知識生産を解体し、南半球からの哲学を立ち上げる試みです。日本でもアイヌ・沖縄・在日コリアンをめぐる脱植民地化の議論が展開しています。次章では、人類だけでなく非人類存在者の倫理を扱う環境・動物倫理に進みます。
現代社会と応用倫理 · 第103章