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専門編 · 現代社会と応用倫理 · 第105

生命倫理:境界をめぐる問い

1972年7月25日、ニューヨーク・タイムズが報じた記事は世界を震撼させました。アメリカ公衆衛生局こうしゅうえいせいきょくが1932年から40年間、アラバマ州タスキギーで貧しい黒人男性400人を相手に、彼らに「悪い血」と告げて、実は梅毒ばいどくの自然経過を観察するための無治療むちりょう実験を続けていた。ペニシリンが普及した後も、被験者には治療を施しませんでした。本章はここから始まる現代生命倫理を辿ります。

医療倫理の四原則

タスキギー事件を契機に、1979年にトム・ボーチャムプとジェイムズ・チルドレスは生命医学倫理の諸原則を出版し、現代医療倫理の標準的枠組みを提示しました。四原則とは、自律尊重じりつそんちょう(informed consent)、無危害むきがい善行ぜんこう、正義です。患者の自己決定を尊重し、害を加えず、利益を促進し、医療資源を公正に配分する。

これらは互いに衝突することもあります。延命治療を続けたい家族と、苦痛から解放したい患者の意思が対立する場合。臓器移植のドナーの自由意志と、臓器市場化への懸念が対立する場合。四原則は機械的な解決を与えるのではなく、ケースごとに重みづけを再考させる思考の枠組みとして機能します。日本では1990年代以降、医療現場の倫理委員会がこの枠組みを参照して運用されています。

生殖倫理 — 始まりをめぐって

1978年7月25日、世界初の体外受精児ルイーズ・ブラウンがイギリスで誕生しました。「試験管ベビー」と呼ばれ、当時のメディアは「神への挑戦」と書きたてます。その後45年で、IVF技術は世界の900万人以上の出生に貢献し、現代では「ニューノーマル」となりました。だが代理出産だいりしゅっさんの商業化、出生前診断による障害児の選別せんべつ、ゲノム編集技術CRISPRの登場は、新しい倫理的問題を次々に投げかけ続けます。

中絶をめぐる議論は、生命倫理の最も激しい論争の一つです。アメリカでは1973年のロー対ウェイド判決が中絶の権利を認め、2022年のドブズ判決でこれが覆されました。ジュディス・ジャーヴィス・トムソンの「ヴァイオリニスト思考実験」、メアリー・アン・ウォーレンの人格論など、英米生命倫理学はこの問題に多くの理論的貢献をしてきました。生命の始点はいつか、女性の身体的自己決定権はどこまで及ぶか。

終末期医療 — 安楽死と尊厳死

20世紀末から、終末期医療をめぐる議論が深化しています。オランダは2002年、世界で初めて安楽死を法制化し、ベルギー、ルクセンブルク、カナダがこれに続きました。スイスの「自殺幇助じさつほうじょ」を求める医療ツーリズムも増加しています。これは、苦痛から解放される権利を、生命の絶対不可侵性とどう両立させるかの問いです。

日本では事情が異なり、安楽死は法制化されていませんが、尊厳死(事前指示書による延命治療の拒否)は実質的に普及しています。2017年のNHK番組「私が決めた死」が、難病なんびょうALSの女性がスイスで自殺幇助を受けた経過を放映ほうえいし、議論を呼びました。「いかに死ぬか」をめぐる選択は、現代社会の重要な倫理問題です。

ゲノム編集とエンハンスメント

2018年11月、中国の科学者賀建奎がけんけいが、CRISPR-Cas9技術で遺伝子改変いでんしかいへんした双子の女児を誕生させたと発表し、世界に衝撃が走りました。HIV耐性を持たせるためにCCR5遺伝子を編集したというこの実験は、倫理的に許容可能な線を完全に超えていると国際的に非難され、賀は3年の懲役刑ちょうえきけいを受けます。

ゲノム編集は、遺伝病の治療には希望を与えますが、デザイナーベビー、人類のエンハンスメント(強化)、平等性の侵害という新しい問題を提起します。マイケル・サンデル完全な人間を目指さなくてもよい理由、ジュリアン・サヴュレスクの「生命倫理選択原理」、ニコラス・アガーの自由主義的優生学。21世紀の生命倫理は、人間の本性そのものを設計する能力を前に、まったく新しい問いに直面しています。次章では、人間の能力を拡張するもう一つの技術、テクノロジーとメディアの哲学に進みます。