「吟味されない生に、生きる価値はない」
ソクラテス古代
プラトン『ソクラテスの弁明』が伝える、法廷のソクラテスが自らの生き方を語った言葉。
この言葉について
さらに深く
【出典】
ソクラテス自身は何も書き残しておらず、この言葉は、裁判の時25歳ほどで、おそらくソクラテスを長く知っていたプラトンの『ソクラテスの弁明』38aに、法廷での発言として記されている。原文は ὁ δὲ ἀνεξέταστος βίος οὐ βιωτὸς ἀνθρώπῳ(ホ・デ・アネクセタストス・ビオス・ウー・ビオートス・アントローポーイ、吟味のない生は人間にとって生きるに値しない)である。場面は、有罪の評決が出たあと、刑を決める段階にあたる。告発者メレトスが死刑を求めたのに対し、ソクラテスは自分にふさわしい刑を提案する番にあった。国外へ出て黙って暮らせばよいではないか、という想定に答えて、それは神への不服従になるので黙ってはいられないと述べ、この一句を続ける。
【よくある誤解】
死刑判決を受けた直後の言葉として紹介されることが多いが、38aの時点ではまだ刑は決まっていない。死刑が決まったあとの発言は38c以降で、そこでソクラテスは、アテナイはソクラテスを殺したという汚名を負うことになると語る。また、哲学をやめれば釈放するという申し出が実際に出されたわけでもない。それは弁論の前半の29cで、ソクラテス自身が立てた仮定である。38aの一句も、毎日、徳などについて語り合い、自分と他人を吟味することが人間にとって最大の善だ、という主張と一続きになっている。一人で内省する勧めというより、対話で互いを問う営みが念頭にある。
【この言葉のその後】
この一句は、ソクラテスの生涯の仕事を要約する言葉として受け継がれてきた。現代の研究でも、彼の生涯の仕事は自分と他人の生の吟味にあったとされ、その根拠として38aのこの言葉が引かれる。1世紀から2世紀初めのストア派の哲学者エピクテトスは、『語録』第3巻第12章で、ソクラテスが吟味のない生を生きてはならないと言ったように、心に浮かぶ印象を吟味せずに受け入れてはならない、と応用した。印象に対しては、夜警が合言葉を求めるように、待て、お前が何者でどこから来たのか見せろ、と問え、というのである。
この言葉を残した人物
ソクラテスのほかの名言
「人生」の名言
「万物は流転する」
ヘラクレイトスの思想を後世が要約した句として知られる、世界はたえず変化するという言葉。
「運命を愛せ」
ニーチェが『悦ばしき知識』で、必然的なものを美しいと見て愛そうと書いた言葉。
「汝の在るところのものになれ」
ニーチェがピンダロスの詩句を組み替え、『悦ばしき知識』で良心の声として書いた言葉。
「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、歴史は変わっていただろう」
パスカルが『パンセ』で、恋の小さな原因が世界を動かすことを例に、人間の空しさを示した一節。
「神は死んだ」
ニーチェが『悦ばしき知識』で、神への信仰が支えを失った時代の到来を告げた言葉。
「大器晩成」
老子が『老子』第41章で、道の逆説的な在り方を並べる中に記した、大きな器は遅れて成るという句。