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「諸行無常」

ブッダ古代

ブッダの教えとして経典に伝わる、形づくられたものはすべて移り変わるという仏教の基本の句。

人生

この言葉について

この世のあらゆる存在や現象は常に移り変わり、永遠に同じままのものはないという、仏教の根本の教えである。

【背景】

仏教の「三法印」の一つに数えられ、ブッダの教えの最も基本的な原理とされる。日本では『平家物語』の冒頭の一節によって広く知られている。

【解釈】

形あるものが変わっていくのを止めることはできない。そのことを見すえれば、変わらないものにしがみつく心がゆるみ、執着から生まれる苦しみを手放すことができる。

【現代への示唆】

変化の激しい現代社会において、状況や人間関係の移り変わりに振り回されず、柔軟に向き合う心構えを教えてくれる。

さらに深く

【出典】

仏教の基本の句で、ブッダの説として経典に伝わる言葉である。パーリ語の経典『ダンマパダ』(法句経)第277偈は、すべての形成されたものは無常である、と智慧によって見るとき、人は苦を厭い離れる、これが清らかさへの道である、と説く(原文 sabbe saṅkhārā aniccā、サッベー・サンカーラー・アニッチャー)。続く第278偈は一切の形成されたものは苦である、第279偈は一切の事物は我ならず、と同じ形で並ぶ。漢字四字の「諸行無常」は漢訳の言い方で、北涼の曇無讖が訳した『大般涅槃経』の偈「諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽」(形成されたものは無常で、生じ滅びる性質のもの、生滅がやめば、その静まりが安楽である)の一句目として知られる。

【よくある誤解】

「諸行」は、あらゆる行いという意味ではない。原語のサンカーラを、現代の英訳は conditions(条件)と訳し、すべての条件は無常である、としている。また日本では、『平家物語』の冒頭のように、栄えた者が必ず衰えるという歴史の悲しみや、はかなさと重ねて語られてきた。しかし『ダンマパダ』では、無常を見ることは嘆くことではなく、苦から離れて清らかになる道とされている。ブッダの最後の言葉も同じ方向を向く。ブッダの最期を伝えるパーリ語の長部経典第16経は、ブッダが比丘たちに、もろもろの形成されたものは滅びる性質をもつ、怠ることなく努めよ、と告げ、これが如来の最後の言葉であったと記す。無常は、怠らずに努める理由として説かれている。

【この言葉のその後】

同じ長部経典第16経では、ブッダが亡くなると同時に、神々の王サッカ(帝釈天)が詩を唱える。ああ、形成されたものは無常であり、生じては滅びる性質をもつ、生じては滅する、その静まりが安楽である、という内容で、漢訳の無常偈の四句とほぼ同じである。漢訳の『大般涅槃経』では、同じ四句が雪山の菩薩の物語の中で語られる。恐ろしい姿の羅刹が雪山に降りて、過去の仏の説いた偈の前半の二句を唱え、菩薩が残りの半分を求めると、羅刹は後半の二句を続ける。日本では、いろは歌がこの四句の偈の意味を訳したものだという説を国語辞典が載せており、いろは歌は弘法大師の作と言われてきたが今では否定されている、とも記している。

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