「死を想え」
セネカ古代
セネカの死生観を要約した言葉として知られる、自分が死ぬことを忘れるなというラテン語の句。
この言葉について
さらに深く
【出典】
memento mori(メメント・モリ、死ぬことを忘れるな)というラテン語の2語の形は、セネカの『道徳書簡集』全20巻の原文には出てこない。この標語がいつ誰の言葉として広まったのか、確かな出典は確認できていない。死を思う教えそのものは、セネカの大きな主題である。第26書簡で彼は、古代ギリシアのエピクロス学派の祖エピクロスの、死を稽古せよ、という言葉を借り、そう言う者は自由を稽古せよと命じているのだ、と続ける。死を学んだ者は隷属を忘れ、私たちを縛る唯一の鎖は生への愛着だ、とも説く。
【よくある誤解】
古代ローマの凱旋式で、将軍の背後に立つ奴隷がメメント・モリとささやいたという話が広く出回っている。しかし、この場面を伝える資料の一つ、ローマ時代のキリスト教神学者テルトゥリアヌスの著作の第33章にある文言は、Respice post te! Hominem te memento!(後ろを見よ、自分が人間であることを忘れるな)で、死ではなく人間であることを思い出させる言葉である。テルトゥリアヌスはこれを、皇帝は人間であって神と呼ばれるべきではないと論じる文脈で持ち出している。ストア派の教えとは別の文脈の話である。
【この言葉のその後】
死を思わせる絵画は、ほとんど誰もが地上の生を死後への準備と信じていた宗教的な時代、17世紀に流行した。頭蓋骨を描いた肖像を基本に、砂時計や時計、消えかけのろうそく、果物や花が死の象徴として描かれ、世俗の楽しみや財の空しさを示すヴァニタス(空しさ)の静物画と近い関係にある。ヴァニタスの名は、旧約聖書の伝道の書の冒頭にある、空の空、すべては空、という言葉に由来する。イギリスのテート美術館は、この種の作品の例として、ピカソの1952年の作品「山羊の頭蓋骨、瓶、ろうそく」を挙げている。死を学ぶという主題は、モンテーニュ『エセー』の章題「哲学することは死ぬことを学ぶこと」にも現れる。
この言葉を残した人物
セネカのほかの名言
「人生」の名言
「シーシュポスは幸福であると想像しなければならない」
カミュが『シーシュポスの神話』の結びで、不条理を見すえて生きる人間を描いた一文。
「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」
シェイクスピアの戯曲『ハムレット』第三幕第一場で、王子ハムレットが語る独白の第一行。
「吟味されない生に、生きる価値はない」
プラトン『ソクラテスの弁明』が伝える、法廷のソクラテスが自らの生き方を語った言葉。
「万物は流転する」
ヘラクレイトスの思想を後世が要約した句として知られる、世界はたえず変化するという言葉。
「運命を愛せ」
ニーチェが『悦ばしき知識』で、必然的なものを美しいと見て愛そうと書いた言葉。
「汝の在るところのものになれ」
ニーチェがピンダロスの詩句を組み替え、『悦ばしき知識』で良心の声として書いた言葉。