『大般涅槃経』
だいはつねはんぎょう
古代
如来は常住で、すべての衆生に仏性があると説く大乗の経典。諸行無常で始まる雪山偈の出典
この著作について
釈迦が入滅の前に説いた教えという形をとり、大乗の立場から涅槃《ねはん》の意義を問う経典。原典は失われ、北涼の曇無讖《どんむしん》による40巻の漢訳(北本)と、これを劉宋の慧厳《えごん》・慧観《えかん》らが再治した36巻本(南本)が伝わる。釈迦の最後の旅を記す初期仏教の涅槃経典(パーリ語の長部第16経、『長阿含経』の「遊行経」など)とは内容が大きく異なる。
【内容】
如来は常住で変わることがなく、すべての衆生に仏となる因、すなわち仏性が本来備わっていると説く。この教えは一切衆生悉有仏性《いっさいしゅじょうしつうぶっしょう》の句で知られる。一方で、仏法を誹謗する者を一闡提《いっせんだい》と呼び、仏性のない者のように扱う箇所もあり、法顕訳にない北本の第11巻以下ではその主張が緩められるとも説明される。巻14には、釈迦の前世とされる雪山童子《せっせんどうじ》が、羅刹の唱えた偈の後半を聞くために身を捨てる話があり、諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽の四句は雪山偈として知られる。
【影響と意義】
中国では南北朝時代に『法華経』と並んで尊ばれ、本経を拠りどころとする涅槃宗が栄えた。一闡提も仏になりうるかは中国と日本を通じて論争され、天台・華厳などは認め、法相宗は否定した。日本では道元が『正法眼蔵』の「仏性」巻の冒頭で悉有仏性の句を異例の読み方で読み解き、親鸞は『教行信証』の「信巻」に、父王を殺した阿闍世《あじゃせ》王の回心を語る本経の文をかなりの分量で引いた。
【なぜ今読むか】
すべての者に仏性があるという宣言と、一闡提という例外の扱いをめぐり、後の宗派はそれぞれに答えを出してきた。人は誰でも変わりうるのかを考えるとき、その解釈の分かれ方が手がかりになる。