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嘘は許されるか

嘘をつくことの道徳的是非を多角的に検討する

倫理・価値

この問いについて

友人の新しい髪型が似合わないと思ったとき、正直に言うべきか。ナチスに追われている人をかくまっているとき、嘘をつくことは許されるか。嘘はいつでも悪いことなのか、それとも時には必要なのか。

【この問いの背景】

嘘は日常的な行為でありながら、道徳的にもっとも議論の多い行為の一つだ。幼い頃から「嘘をついてはいけない」と教えられるが、「嘘も方便」という場面に必ず出会う。哲学史においても、嘘の許容範囲をめぐって激しい論争が繰り広げられてきた。

【哲学者たちの答え】

■ カントの「絶対的禁止」

カントは、いかなる場合でも嘘は道徳的に許されないと主張した。殺人者に友人の居場所を聞かれたとしても、嘘をつくべきではないという極端な立場である。嘘は人間の理性的な信頼関係を根本から破壊するからだ。

■ ミルの「結果による判断」

ミルの功利主義の立場では、嘘が全体の幸福を増やすなら許されることになる。ただし、嘘が社会的信頼を損なう長期的な影響も考慮に入れるべきだと付け加えられている。

■ アウグスティヌスの「嘘の分類」

アウグスティヌスは嘘を八種類に分類し、すべての嘘は罪であるが、その重さは異なると論じた。人を害する嘘は重い罪であり、人を助けるための嘘は軽い罪であるとした。

【あなたはどう考えるか】

「嘘も方便」と「嘘はいけない」。どちらが正しいのか、それとも状況次第なのか。嘘と誠実さの間にどのような基準を置くべきか、哲学は長くこの問いと格闘してきた。

さらに深く

【問いの深層】

嘘の問題を深く考えるためには、まず「嘘とは何か」を定義する必要がある。事実と異なることを言うだけでは嘘にはならない。騙す意図があるかどうか、相手が真実を知る権利があるかどうかも重要な要素だ。さらに、沈黙や省略による嘘(不作為の嘘)や、自分自身に対する嘘(自己欺瞞)まで含めると、嘘の範囲は驚くほど広がる。嘘の許容範囲を考えることは、誠実さとは何かを考えることでもある。

【歴史的展開】

古代においてプラトンは『国家』で「高貴な嘘」の概念を提示し、社会の安定のための嘘を認めた。アウグスティヌスは『嘘について』で嘘を体系的に分類し、中世キリスト教倫理の基盤を作った。近代にはカントが嘘の絶対的禁止を主張し、コンスタンに反論された。20世紀にはボックが『嘘についての嘘』で嘘の倫理を体系的に分析し、現代の議論の枠組みを作った。日常から政治まで、嘘の問題は今も広く議論されている。

【さらに学ぶために】

カント『道徳形而上学の基礎づけ』は道徳法則と定言命法を論じたカント倫理学の核心的著作である。シセラ・ボック『嘘の人間学』は嘘の倫理を体系的に分析した現代の必読書だ。

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