
プロタゴラス
Protagoras
紀元前490年 — 紀元前420年
「人間は万物の尺度」と説いたソフィストの代表者
この人物について
「人間は万物の尺度である」――客観的真理の存在を疑い、認識の相対性を主張した古代ギリシア最大のソフィスト。
【代表的な思想】
■ 人間尺度説
「人間は万物の尺度である。あるものについてはあるということの、あらぬものについてはあらぬということの」という命題で、真理は個々の人間の知覚に依存すると主張した。
■ 相対主義
物事の善悪・真偽は絶対的なものではなく、個人や共同体の立場によって異なるとした。ある国の法が別の国では通用しないように、価値は文化に相対的であると論じた。
■ 弁論術の教育
アテナイの若者に弁論術・政治術を教え、高額の報酬を受け取った最初の職業的教師の一人。
【特徴的な点】
ソクラテスやプラトンが絶対的真理を追求したのに対し、プロタゴラスは真理の相対性を前面に出した。プラトンの対話篇では手ごわい論敵として描かれている。
【現代との接点】
文化相対主義、多元的価値観の共存、ポスト真実の時代における「誰にとっての真実か」という問いは、プロタゴラスの問題提起の現代的再来と言える。
さらに深く
【思想の形成】
プロタゴラスは紀元前490年頃、トラキア沿岸の交易都市アブデラに生まれた。若年期に百科全書的博識で名高いデモクリトスの同郷先輩と接し、自然学の思弁よりも人間社会の技術知に関心を向けた。ペルシア戦争後のギリシア世界では民主政と法廷が急速に拡大し、公的な場で言葉を操る能力が立身の鍵となった。プロタゴラスはこの時代の要請を捉え、各地を巡って高額の授業料で弁論と政治術を教える最初期の職業的教師、すなわちソフィストの元祖となった。ペリクレスと親交を結び、汎ギリシア植民市トゥリオイの法典編纂を委嘱されたことは、単なる講師ではなく立法実務に携わる知識人として遇されたことを意味する。
【思想的意義】
「人間は万物の尺度である。あるものについてはあるということの、あらぬものについてはあらぬということの」という断片は、真理を神や自然ではなく個々人の知覚経験に基礎づける宣言である。同じ風が寒い者には寒く温かい者には温かいように、感覚の主体によって世界の現れが変わる。しかしプロタゴラスは相対主義を虚無主義に直結させなかった。共同体ごとに「より良い」法と慣習を選び取ることは可能であり、弁論術はその比較と説得のための公共的技芸だとした。ここには、神話的権威でも形而上学的真理でもなく、熟議によって暫定的な合意を組み立てる民主政の認識論が胚胎している。
【影響と継承】
プラトン『テアイテトス』と『プロタゴラス』はこの相対主義を徹底的に批判し、以後ソフィストは詭弁家の代名詞として退けられがちとなった。しかし近代以降、ヘーゲルは人間尺度説を主観性の萌芽として再評価し、シラーやジェイムズのプラグマティズムは類似した発想を現代化した。文化人類学の相対主義、ローティの反表象主義、ポスト真実をめぐる現代の議論も、プロタゴラス的問題の変奏と読める。彼の問いは、多元社会で「共通の尺度」をどう再構築するかという今日の課題につながっている。
【さらに学ぶために】
プラトン『プロタゴラス』『テアイテトス』が出発点として不可欠である。日本語では納富信留《のうとみのぶる》『ソフィストとは誰か?』がプロタゴラス像の刷新に詳しい。断片集は内山勝利《うちやまかつとし》編『ソクラテス以前哲学者断片集』第三分冊で読める。


