
エリク・エリクソン
Erik Erikson
1902年 — 1994年
アイデンティティ概念を確立した発達心理学者
この人物について
人間の生涯にわたる心理的発達を八段階で描き出し、「アイデンティティ」という概念を学問と日常の言葉にした発達心理学者。
【代表的な思想】
■ ライフサイクル論
人間の一生を乳児期から老年期まで八段階に分け、各段階に固有の心理社会的課題(危機)があるとした。たとえば青年期は「アイデンティティ対役割拡散」、成人期は「世代性対停滞」といった対立軸で語られる。
■ アイデンティティの確立
青年期の中心課題を「自分は何者であるか」というアイデンティティの確立に見出し、アイデンティティ拡散、モラトリアムなどの概念を提唱した。自分を探し、社会の中に位置づけていく営みが心の核となるとした。
■ 心理社会的発達理論
『幼児期と社会』『アイデンティティ 青年と危機』でフロイトの発達理論を社会的・文化的次元に拡張し、ガンディーやルターの伝記的研究を通じて歴史的人物の心理も分析した。
【特徴的な点】
自身がデンマーク系の継子としてアイデンティティの問題を生きた経験が理論の背景にあり、人間は生涯を通じて成長し続けるという楽観的な人間観を示した。
【現代との接点】
「自分探し」「アイデンティティの危機」は若者論に不可欠な概念であり、高校倫理の青年期の単元で必ず登場する。
さらに深く
【思想の形成】
エリク・ホンブルガー・エリクソンは1902年、フランクフルト近郊でデンマーク系ユダヤ人の母のもとに父を知らずに生まれた。三歳で母が小児科医テオドール・ホンブルガーと再婚し、金髪碧眼の継子はユダヤ社会でも周囲のドイツ社会でも居場所が揺らぐ少年期を過ごした。この「自分は何者か」という問いが、後年の理論の原核となる。高校卒業後は放浪の画家として中欧を彷徨い、1927年ウィーンでアンナ・フロイトの児童精神分析学校の教師に招かれ、そこで精神分析と教育の接点に身を置いた。1933年ナチス政権成立直後にアメリカへ亡命、ハーバード医学校で正規の学位なしに研究員となる異例の待遇を得た。スー族とユロク族のフィールドワークを通して、精神発達を文化の中で捉え直す方向を確立した。
【思想的意義】
代表作『幼児期と社会』(1950年)で示された心理社会的発達の八段階説は、乳児期の基本的信頼から老年期の統合までを、それぞれ固有の危機と徳の対として描く。フロイトの性心理発達が思春期で完結するのに対し、エリクソンは生涯を通じて人格は組み直されるという開かれた時間観を提示した。青年期の「アイデンティティ対同一性拡散」と、その猶予期間としての「モラトリアム」概念は、戦後アメリカの学生運動から日本の青年心理学まで、時代の自己理解を枠づける語彙となった。『ガンディーの真理』や『青年ルター』では、歴史的人物の内面危機と時代状況の相互作用を分析する「心理歴史学」を開拓し、個人と歴史を横断する方法を示した。
【影響と継承】
ジェームズ・マーシアはエリクソンのアイデンティティ理論を操作化し、達成・早期完了・モラトリアム・拡散の四類型として教育心理学で実証研究を可能にした。ライフコース論や発達的ナラティヴ心理学、家族療法のジェノグラム分析にもその影が及ぶ。日本では小此木啓吾《おこのぎけいご》が「モラトリアム人間」という概念で高度成長期の若者論に接続し、鑪幹八郎《たたらみきはちろう》がアイデンティティ研究を定着させた。現代のSNS社会では自己提示と同一性拡散が新しい様相で問題化しており、エリクソンの枠組みは再び現代的な参照軸となりつつある。
【さらに学ぶために】
仁科弥生《にしなやよい》訳『幼児期と社会』、西平直《にしひらただし》・中島由恵《なかしまよしえ》訳『アイデンティティ:青年と危機』が主著の日本語定本である。鑪幹八郎『アイデンティティの心理学』は平易な入門として薦められる。







