
ジャン・ピアジェ
Jean Piaget
1896年 — 1980年
認知発達理論を確立した発達心理学の巨人
この人物について
子どもは「小さな大人」ではなく、大人とは質的に異なる思考の仕方をするという発見で、発達心理学と教育学を根本から変えたスイスの心理学者。
【代表的な思想】
■ 認知発達の四段階説
感覚運動期(0-2歳)、前操作期(2-7歳)、具体的操作期(7-11歳)、形式的操作期(11歳以降)という段階を踏んで思考は発達するとした。
■ シェマ・同化・調節
子どもは既存の枠組み(シェマ)で新しい経験を取り込み(同化)、合わない場合はシェマ自体を変える(調節)ことで知的に発達するとした。
■ 構成主義
知識は外から与えられるものではなく、子どもが環境との相互作用の中で能動的に構成するという立場をとった。
【特徴的な点】
生物学者として出発し、認知の発達を生物学的適応の一形態として捉えた。保存概念の実験など、独創的な方法と膨大な観察記録に基づく実証的研究が特徴。
【現代との接点】
アクティブラーニングや探究学習など、現代の教育改革の理論的基盤にピアジェの構成主義がある。
さらに深く
【思想の形成】
ジャン・ピアジェは1896年、スイスのヌーシャテルに生まれた。少年期から自然観察に熱中し、10歳でアルビノのスズメに関する短い観察記を学術誌に発表、15歳までに軟体動物分類学に関する論文を次々と書き、ジュネーヴ自然史博物館の学芸員職を書簡で申し込まれたほどの早熟であった。ヌーシャテル大学で動物学の博士号を得たが、認識の発達に関心を移し、パリのソルボンヌで心理学と論理学を学んだ。1920年前後、ビネーの知能検査の標準化作業に従事した際、誤答に年齢ごとの一定のパターンが見えることに気づき、「正答の数」ではなく「誤りの質」にこそ発達の鍵があると直観した。この発見が発生的認識論への旅の出発点となり、ジュネーヴのルソー研究所で五十年以上にわたる研究生活が始まる。自らの三人の子どもを詳細に観察した日誌は、初期理論の実証基盤となった。
【思想的意義】
ピアジェの独創は、認知の発達を生物学的適応の延長として捉え直した点にある。認識主体は既存の枠組みであるシェマを通じて環境を取り込み(同化)、対応できない事態に直面するとシェマそのものを組み替える(調節)。この均衡化のプロセスが、感覚運動期・前操作期・具体的操作期・形式的操作期という四段階の質的転換として現れるとした。対象の永続性、保存概念、自己中心性、可逆的操作、仮説演繹的思考といった一連の指標は、どれも発達の節目を具体的に診断する道具となった。この構成主義の立場は、知識が外から注入されるものではなく、子ども自身が環境との相互作用のなかで能動的に構成するという教育観を生み、二十世紀の学校教育の前提を塗り替えた。
【影響と継承】
ヴィゴツキーは発達の社会的相互作用と文化的道具の媒介性を重視し、ピアジェの個人主義的発達観に重要な補正を加えた。二人の理論は対立ではなく相補的に読まれるようになり、社会的構成主義の成立に結実した。シーモア・パパートのLOGOプログラミング、シュプラットの数学教育改革、アンバーとの情動発達研究はいずれもピアジェの延長線上にある。日本では波多野完治《はたのかんじ》・波多野誼余夫《はたのぎよお》によって広く紹介され、構成主義は探究学習・アクティブラーニング・デザイン思考教育の理論的基盤として今なお機能している。心の哲学・発達的認知科学・ロボット学習の分野でも、同化・調節モデルは計算論的に実装されて継承されている。
【さらに学ぶために】
J.ピアジェ著/中垣啓《なかがきけい》訳『ピアジェに学ぶ認知発達の科学』が見通しのよい日本語入門である。原典は『発生的認識論序説』、『知能の誕生』、『構造主義』が手頃。ヴィゴツキー『思考と言語』と並べて読むと発達心理学の基本的対立軸が立体化する。パパート『マインドストーム』は教育実践への応用の古典である。

