専門編 · 現代社会と応用倫理 · 第102章
フェミニズム:性差を哲学する
1848年7月19日、ニューヨーク州セネカフォールズで世界初の女性権利会議が開かれました。参加者300名のうちエリザベス・キャディ・スタントンとルクレシア・モットが起草した「所感の宣言」は、「すべての男女は平等に造られている」と独立宣言を書き換えるところから始まります。本章はこの瞬間から始まる、150年以上にわたるフェミニズムの哲学的展開を辿ります。
第一波 — 参政権と法的平等
第一波フェミニズム(19世紀後半-20世紀初頭)の中心課題は、女性の参政権と法的平等の獲得でした。イギリスではエメリン・パンクハーストが率いた婦人参政権運動が国会議事堂前のハンガーストライキ、看守による強制摂食という苛酷な闘争を経て、1918年に部分的勝利を得ます。アメリカは1920年、日本は1946年に女性参政権を獲得しました。
理論的支柱の一人がジョン・スチュアート・ミルでした。彼の1869年の『女性の隷属』は、当時としては最も先進的なフェミニズム哲学の一つで、女性の従属を「奴隷制とほぼ同じ構造」と分析しました。妻ハリエット・テイラー・ミルとの知的協働から書かれたこの書は、後のリベラル・フェミニズムの理論的基礎となります。
第二波 — ボーヴォワール以後の女性解放運動
1949年のボーヴォワール『第二の性』を起爆剤に、1960年代から第二波フェミニズムが始まります。1963年ベティ・フリーダンの『新しい女性の創造』はアメリカ郊外の「名前のない問題」、つまり主婦の絶望を描き、女性解放運動の出発点となりました。ケイト・ミレットの『性の政治学』は私的な家庭内の関係も政治的構造として分析する道を開きます。
第二波の哲学的中心テーゼが「個人的なことは政治的なこと(the personal is political)」でした。家事の分担、性暴力、生殖の自己決定、職場の差別。それまで「私的領域」として政治の外に置かれていた問題が、構造的不平等の核心として再定義される。1973年のロー対ウェイド判決(中絶の権利)と1992年の家族・医療休暇法は、この運動の制度的成果です。
第三波 — バトラーと交差性
1990年、ジュディス・バトラーの『ジェンダー・トラブル』は第三波フェミニズムの理論的基盤となります。彼女が問うたのは「女性」というカテゴリーそのものの自然性でした。ジェンダーは生物学的事実ではなく、繰り返される行為のパフォーマンスを通じて構築される。「女性とはこうあるべき」という規範自体を解体する必要がある、と。
同時期、ブラックフェミニストのキンバリー・クレンショーが「交差性(intersectionality)」概念を提案します。黒人女性は黒人としての差別と女性としての差別を別々に経験するのではなく、両者が交差した固有の位置で生きている。白人中産階級女性中心の第二波フェミニズムでは捉えきれない、人種・階級・セクシュアリティの交差を理論化したこの仕事は、現代社会運動の理論的支柱となりました。
第四波 — #MeTooと現代の論争
2010年代以降の第四波フェミニズムは、ソーシャルメディアを舞台とします。2017年のハーヴェイ・ワインスタイン告発から始まった #MeToo 運動は、世界中で性暴力の構造的問題を可視化しました。タラナ・バーク、アシュリー・ジャドらの当事者運動と、トランスナショナルな共鳴の仕組みが結合した新しい段階です。
2010年代後半、フェミニズム内部にも深い論争が生じています。トランス女性をめぐるTERF(トランス排除的ラディカル・フェミニスト)論争は、ジェンダーの基盤をめぐる第三波の問いを再演しています。ナンシー・フレイザーの「99%のためのフェミニズム」は新自由主義的フェミニズムを批判し、階級・人種・植民地と交差する政治的フェミニズムを擁護します。次章では、フェミニズムと並走しながら別の課題に向かうポストコロニアル思想に進みます。
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