『差異と反復』
さいと はんぷく
ドゥルーズ·現代
同一性の哲学を覆し「差異」そのものの思考を切り開いた主著
この著作について
ジル・ドゥルーズが1968年に博士論文として提出・公刊した、西洋哲学の「同一性」中心の伝統を根底から覆す差異の哲学の主著。
【内容】
プラトン以来の西洋哲学は、「まず同じ本質があり、それに近いか遠いかで差異が測られる」という同一性中心の枠組みで世界を捉えてきた。ドゥルーズはこれを転倒させ、同一性は差異の事後的な効果にすぎず、差異こそが根本的だと論じる。「反復」も、同じものが繰り返し現れる単調な運動ではなく、一回ごとに新しさを生み出す創造的過程として捉え直される。ニーチェの永劫回帰は、同じことが戻ってくるのではなく、差異を生み出し続ける力として再解釈される。ヒューム・ベルクソン・スピノザ・ニーチェ読解を経由して、差異の存在論が組み立てられる。
【影響と意義】
ポストモダン哲学・現代思想の基礎文献であり、芸術論・映画論・政治哲学にも広く応用されている。ガタリとの共著『千のプラトー』(1980)にまで伸びる長い仕事の出発点でもある。
【なぜ今読むか】
難解だが、「すべてのものは他と異なることでこそ存在する」という基本的洞察は、多様性や個性の問題を考えるうえで重要な視点を提供してくれる。
さらに深く
【内容のあらまし】
ドゥルーズはまず、西洋哲学が長らく差異を二次的なものとして扱ってきたと診断する。プラトンはイデアを基準に、現れの世界を「より似たもの」と「より遠いもの」に序列化した。アリストテレスは類と種という分類木のなかで差異を位置づけた。ヘーゲルは矛盾を経由した同一性の運動として差異を回収した。これらの伝統では、差異はまず同一性があってから測られる派生物にすぎない。
本書の戦略は、この優先関係を逆転させ、差異それ自体を哲学の中心に据えることである。第一章では、差異がそれ自身として概念化される。同じ類のなかで他のものから区別されるのではなく、自分自身との隔たりを生み出し続ける運動として差異が描かれる。スコトゥスの一義性、スピノザの実体、ニーチェの永劫回帰が読み直され、差異が消えずに増殖するための存在論的器が用意される。
第二章で反復が主題となる。日常の反復は、同じことが二度三度起こるように見える。しかしドゥルーズはここに三つの綜合を見る。受動的な習慣は過去の刺激を縮約して未来の予期を作り、記憶は瞬間を一つの過去として保存し、永劫回帰は未来そのものから差異を解き放つ。反復は同じものの戻りではなく、毎回新しい差異を産み出す装置として捉え直される。ヒュームの習慣論、ベルクソンの純粋持続、フロイトの無意識の反復強迫、ニーチェの永遠回帰が、この三層構造に対応づけられる。
中盤でカント的な能力論が大胆に組み替えられる。感覚、記憶、想像、思考といった能力は、調和的に協力するのではなく、互いに不調和な衝撃を伝え合うことで初めて稼働する。「思考は思考できないものに出会うときに思考し始める」という挑発的な定式が中心に置かれる。
後半は強度と理念の章である。世界の表面に現れる「広がりをもった差異」の下で、まだ感覚の閾に達しない強度的な差異が蠢いている。発生のもとになる虚的な構造、すなわち理念は、点と線の関係や微分的な比のような数学的イメージで描かれる。実在化はこの虚的な場が現実のかたちへと展開するプロセスとして語られる。最終章で、表象の哲学から離れ、感覚そのものが思考と接する地点で哲学を再開する宣言が、結語となる。
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