「君がぼくをなつかせたら、ぼくたちは互いに相手が必要になる」
サン=テグジュペリの『星の王子さま』第21章で、キツネが王子に絆の意味を教える台詞。
この言葉について
誰かと絆を結ぶと、互いに相手を必要とし、かけがえのない存在になっていくという、関係についての洞察。
【背景】
『星の王子さま』で、キツネは王子さまに「なつかせて」(apprivoise-moi、アプリヴォワーズ・モワ)と頼む。この頼みから、キツネは関係を築くことの意味を教えていく。
【解釈】
相手を必要とすることは弱さではなく、関係が生まれたしるしである。互いに必要とし合うことで、相手は代わりのきかない存在になる。これは恋愛だけでなく、友情や信頼すべてに通じる。
【現代への示唆】
効率重視でインスタントな関係が多い現代に、時間をかけて関係を深めることの大切さを思い出させてくれる。
さらに深く
【出典】
『星の王子さま』第21章で、キツネが王子に語る台詞である。なつかせるとは何かと問う王子に、キツネは「絆を作ること」だと答える。いまの君は、ぼくにとって十万人の男の子と変わらない男の子にすぎず、ぼくは君を必要としていないし、君もぼくを必要としていない、と言う。続く原文は Mais, si tu m'apprivoises, nous aurons besoin l'un de l'autre.(メ、シ・テュ・マプリヴォワーズ、ヌ・ゾロン・ブズワン・ラン・ドゥ・ロートル)で、でも君がぼくをなつかせたら、ぼくたちは互いに相手が必要になる、という意味だ。そのとき君はぼくにとって世界でただ一人の存在になる、とキツネは言う。
【よくある誤解】
「なつかせる」と訳される動詞 apprivoiser は、日本語にしにくい語で、邦訳でも「飼い慣らす」「手なずける」「なつかせる」「なじみになる」などと訳が分かれている。キツネの説明では、絆は店で買えるものではない。人間は店で出来合いの物を買うが、友だちを売る店はないので、人間にはもう友だちがいない、とキツネは言う。必要なのはとても辛抱強くあることで、いつ来るか決まっていないと心の準備ができないから、ならわしが要る、とも言う。また絆は幸せだけを運んでくるのではない。別れが近づくとキツネは、泣いてしまうだろう、と言う。それでは何の得もないと言う王子に、キツネは、麦の色のおかげで得をしたと答える。金色の麦が、王子を思い出させてくれるからである。
【この言葉のその後】
キツネの教えは、物語の中で王子を変える。キツネに言われて庭のバラたちをもう一度見に行った王子は、自分のバラが世界でただ一つであることを理解する。別れ際にキツネは、君はなつかせたものに対して永遠に責任を負う、君は君のバラに責任がある、と念を押す。物語の終わり近くで王子は、自分が責任を感じるようになった花の世話をするために、自分の星へ帰らなければならないと語る。互いに必要とし合う関係の話は、こうして関わった相手への責任の話へとつながっていく。
この言葉を残した人物
サン=テグジュペリのほかの名言
「愛」の名言
「苦しみを通してしか、本当に愛することはできない」
ドストエフスキーの短編「おかしな人間の夢」で、主人公が地上の愛は苦しみと切り離せないと語る一節。
「仁とは人を愛することである」
『論語』顔淵篇で、弟子の樊遅に仁とは何かと問われた孔子が答えた言葉。
「他者の苦しみへの共苦こそが道徳の基盤である」
ショーペンハウアーが『道徳の基礎について』で、共苦こそ道徳の土台だと説いた主張を短くまとめた言葉。
「他者の顔は「殺すなかれ」と語りかける」
レヴィナスが『全体性と無限』で、他者の顔の最初の言葉は「汝殺すなかれ」だと書いた一節に基づく言葉。
「我と汝」
ブーバーが主著『我と汝』の題に掲げた、世界への二つの関わり方の一方を示す根源語。
「愛は技術である」
フロムが『愛するということ』で、愛は学んで身につける技術だと説いた言葉。