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「我と汝」

ブーバー現代

ブーバーが主著『我と汝』の題に掲げた、世界への二つの関わり方の一方を示す根源語。

愛

この言葉について

相手を対象としてではなく、かけがえのない「汝」として向き合うところに本当の関係が生まれるという、対話の哲学。

【背景】

ブーバーが1923年に出した『我と汝』の中心にある考え。世界との関わり方を「我と汝」と「我とそれ」の二つに分け、前者にこそ本当の出会いがあるとした。

【解釈】

全存在をもって相手に向き合う「我と汝」の関係に、愛と真実が宿る。ただし「我とそれ」の関わりそのものが悪いのではなく、それしか持たないことが問われている。

【現代への示唆】

人を「使える」「使えない」で評価しがちな社会への警鐘。目の前の相手と真剣に向き合うことの大切さを教えている。

さらに深く

【出典】

ユダヤ教の宗教哲学者マルティン・ブーバーが、1923年にライプツィヒのインゼル書店から出した『我と汝』の書名であり、この本の中心概念である。ブーバーは、人間にとって世界は二重であり、それは人間が語りうる「根源語」が二つあるからだと述べる。原文は Das eine Grundwort ist das Wortpaar Ich-Du.(ダス・アイネ・グルントヴォルト・イスト・ダス・ヴォルトパール・イッヒ・ドゥー)で、一つの根源語は我と汝という対の語である、という意味だ。もう一つの根源語は我とそれ(Ich-Es)である。ブーバーによれば「我」それ自体というものはなく、どちらの対を語るかで「我」のあり方が変わる。英語には1937年と1970年に訳された。

【よくある誤解】

「我とそれ」を、人を物や道具のように扱う悪い関係とだけ見るのは正確ではない。ブーバーは、それを単純に退けたのではない。我と汝の関係を絶えず保ち続けることはできず、周囲を「それ」として扱うことは生きるうえで必要だとした。問題は、「それ」としての関わりだけで世界に接するとき、本当の生が起こらなくなることである。また「汝」は人間だけを指さない。ブーバーによれば、私たちは人間どうしだけでなく、動物や一本の木とも、対話的な関係に入りうる存在である。

【この言葉のその後】

ブーバーの対話の思想は、宗教哲学の外にも広がった。1957年4月18日には、人間中心の心理療法で知られるアメリカの心理学者カール・ロジャーズと公開の対話を行っている。教育の分野では、ブーバーの対話的な成人教育の考え方が、弟子でベルリン生まれのユダヤ人教育者エルンスト・ジーモンの仕事を通じて、現代のイスラエルに受け継がれた。一方で批判もある。リトアニア生まれでフランスに帰化した哲学者レヴィナスは、ブーバーが美的な態度にとどまっていると見た。ローゼンツヴァイクやレヴィナスに見られる、他者を自己より先に置く発想は、ブーバーには無縁のものだった。

この言葉を残した人物

「愛」の名言

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