「我と汝」
ブーバー現代
ブーバーが主著『我と汝』の題に掲げた、世界への二つの関わり方の一方を示す根源語。
この言葉について
さらに深く
【出典】
ユダヤ教の宗教哲学者マルティン・ブーバーが、1923年にライプツィヒのインゼル書店から出した『我と汝』の書名であり、この本の中心概念である。ブーバーは、人間にとって世界は二重であり、それは人間が語りうる「根源語」が二つあるからだと述べる。原文は Das eine Grundwort ist das Wortpaar Ich-Du.(ダス・アイネ・グルントヴォルト・イスト・ダス・ヴォルトパール・イッヒ・ドゥー)で、一つの根源語は我と汝という対の語である、という意味だ。もう一つの根源語は我とそれ(Ich-Es)である。ブーバーによれば「我」それ自体というものはなく、どちらの対を語るかで「我」のあり方が変わる。英語には1937年と1970年に訳された。
【よくある誤解】
「我とそれ」を、人を物や道具のように扱う悪い関係とだけ見るのは正確ではない。ブーバーは、それを単純に退けたのではない。我と汝の関係を絶えず保ち続けることはできず、周囲を「それ」として扱うことは生きるうえで必要だとした。問題は、「それ」としての関わりだけで世界に接するとき、本当の生が起こらなくなることである。また「汝」は人間だけを指さない。ブーバーによれば、私たちは人間どうしだけでなく、動物や一本の木とも、対話的な関係に入りうる存在である。
【この言葉のその後】
ブーバーの対話の思想は、宗教哲学の外にも広がった。1957年4月18日には、人間中心の心理療法で知られるアメリカの心理学者カール・ロジャーズと公開の対話を行っている。教育の分野では、ブーバーの対話的な成人教育の考え方が、弟子でベルリン生まれのユダヤ人教育者エルンスト・ジーモンの仕事を通じて、現代のイスラエルに受け継がれた。一方で批判もある。リトアニア生まれでフランスに帰化した哲学者レヴィナスは、ブーバーが美的な態度にとどまっていると見た。ローゼンツヴァイクやレヴィナスに見られる、他者を自己より先に置く発想は、ブーバーには無縁のものだった。
この言葉を残した人物
「愛」の名言
「愛は技術である」
フロムが『愛するということ』で、愛は学んで身につける技術だと説いた言葉。
「汝の隣人を愛せよ」
イエスが神への愛に次ぐ第二の戒めとして、旧約聖書レビ記の句を引いて示した言葉。
「君がぼくをなつかせたら、ぼくたちは互いに相手が必要になる」
サン=テグジュペリの『星の王子さま』第21章で、キツネが王子に絆の意味を教える台詞。
「苦しみを通してしか、本当に愛することはできない」
ドストエフスキーの短編「おかしな人間の夢」で、主人公が地上の愛は苦しみと切り離せないと語る一節。
「大切なものは、目に見えない」
サン=テグジュペリの『星の王子さま』で、キツネが王子に別れ際に秘密として教える言葉。
「仁とは人を愛することである」
『論語』顔淵篇で、弟子の樊遅に仁とは何かと問われた孔子が答えた言葉。