専門編 · 思想運動と流派 · 第91章
プラグマティズム:真理は使えるか
1872年のケンブリッジ、マサチューセッツ。ハーバード大学近くの応接間に、若い知識人の小さな集団が集まっていました。化学者で論理学者のチャールズ・サンダース・パース、心理学者ウィリアム・ジェイムズ、後の最高裁判事オリバー・ウェンデル・ホームズらです。彼らは自分たちのサークルを皮肉って「形而上学クラブ」と呼びました。本章は、ここから生まれたプラグマティズムを辿ります。
パースの実践的格率 — 意味は効果のうちにある
1878年、パースは「大衆向け科学月刊」誌に「我々の観念をいかに明晰にするか」という論文を発表します。彼が提示したのが「プラグマティックな格率」です。「ある概念の意味を完全に明らかにするには、その概念がもたらしうる実践的帰結のすべてを考えればよい」。「ダイヤモンドは硬い」とは、別の物体に擦りつけてもダイヤモンドが傷つかないという実践的効果の総体です。
パースはこの方法を、論理学・科学方法論・記号論にまで拡張する野心的な体系を構想しました。だが彼の文章は難解で、生涯のほとんどを困窮の中で過ごします。ジョンズ・ホプキンス大学を性的スキャンダルで追われ、晩年は森の中の小屋で、友人ジェイムズの送金で生活した。アメリカ最大の哲学者の一人と評価されたのは、死後のことです。
ジェイムズと「真理の現金価値」
パースの友人ウィリアム・ジェイムズは、より広い読者層に届く著作家でした。1907年の『プラグマティズム』講義集で、彼はパースの厳密な格率を、より柔軟な真理論へと展開します。「真であるとは、信じることが我々の生活にとって有益であることだ」。命題の真偽は、固定した実在との対応ではなく、それを信じた結果生じる実践的差異によって測られます。
バートランド・ラッセルは「真理の現金価値(cash value of truth)」というジェイムズの表現を、思想を商業化する低俗さだと痛烈に批判しました。だがジェイムズの『宗教経験の諸相』が示したのは、宗教的信念さえも「機能する」かどうかで評価する、徹底した経験主義の立場でした。20世紀心理学の創始者でもある彼は、流れる意識・選択的注意の概念で、現代心理学の基礎を作っています。
デューイと民主主義の哲学
プラグマティズムの第三の巨人がジョン・デューイです。コロンビア大学を本拠に、彼は20世紀前半の半世紀以上にわたって、教育・政治・芸術の哲学を書き続けました。1916年の『民主主義と教育』が示したのは、民主主義は単なる政治制度ではなく、共有された経験を協同的に再構築する生活形式だ、というテーゼでした。
デューイは中国を1919-21年に訪れ、胡適らの五四運動に直接の影響を与えています。ロシア訪問でも教育改革に関わり、晩年はトロツキー裁判のメキシコ訴訟委員会を率いました。理論を生活と分離せず、概念を実践に投じ続ける態度そのものが、彼にとってのプラグマティズムでした。彼の影響は、現代の教育論・コミュニタリアニズム・社会民主主義に深く刻まれています。
ローティと現代プラグマティズムの復興
1979年、リチャード・ローティの『哲学と自然の鏡』は、プラグマティズム復興の起爆剤となりました。彼が攻撃したのは、デカルトから論理実証主義まで続く「心は世界を映す鏡である」という暗黙の前提です。心は世界の正確な表象を目指す装置ではなく、対話を通じて私たちの語彙を変更し続ける道具にすぎない、と。
ローティと並行して、ヒラリー・パットナム、ロバート・ブランダム、シェリル・ミサックらがそれぞれの仕方でプラグマティズムを再生させます。日本では鶴見俊輔の長年の仕事、中国の現代哲学者陳嘉映、台湾のプラグマティズム再評価。21世紀のプラグマティズムは、英米哲学を超えて世界各地で読まれる「方法としての哲学」となっています。次章では、別の方法論的伝統、解釈学に進みます。
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