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民

『民主主義と教育』

みんしゅしゅぎときょういく

近代

デューイがプラグマティズムの教育哲学を体系化した主著。教育と民主主義の不可分な関係を論じる

哲学

この著作について

アメリカのプラグマティズムを代表する哲学者ジョン・デューイが、シカゴ大学の実験学校での実践を経て、コロンビア大学で教えていた時期に著した教育哲学の主著。

【内容】

全二十六章で、教育を「未成熟な存在を成熟へと導くために、社会が自己を更新していく過程」として定義するところから始まる。続いて、模倣と訓練と教育の違い、学校と社会の関係、民主主義が前提とする人間像、科学的方法と教育、カリキュラムにおける経験の役割、職業教育と一般教育の統合、遊びと仕事、思考と道徳の結びつきが論じられる。中心的な命題は、「教育とは経験の継続的な再構成である」と「民主主義は政治体制である以前に、共通の経験を共有する生活様式である」の二つであり、学校をそれ自体ひとつの共同体の生活として捉える視座が貫かれる。

【影響と意義】

二十世紀の進歩主義教育運動の理論的支柱となり、経験を通じて学ぶことを重んじるデューイの考え方は、プロジェクト型学習の先駆けのひとつとみなされている。日本でも戦後の新教育運動、総合学習、アクティブラーニングの議論に繰り返し参照されてきた。

【なぜ今読むか】

AIがあらゆる情報と技能を肩代わりし得る時代に、「人は何のために学校に集い、何を経験するのか」という問いは、教育の側に再び戻ってくる。教師や保護者、政策担当者のみならず、学び直しを考えるすべての大人にとって、原点に立ち帰るための書物である。

さらに深く

【内容のあらまし】

本書は全二十六章に及ぶが、最初の数章で議論の土台が据えられる。第一章でデューイは、教育を「未成熟な存在を成熟へ導く社会の自己更新の過程」と定義する。動植物が次世代に生命を引き継ぐように、社会も生活様式を次世代に引き渡さなければ続かない。教育とはその引き渡しの過程だという。

第二章から第六章では、教育が社会的機能、指導、成長として論じられ、教育を将来への準備とみる見方や形式陶冶といった従来の教育観が検討される。鸚鵡返しの暗唱も、罰と褒美による条件付けも教育ではないと退けられる。本物の教育は、子どもが経験のなかで意味を見いだし、次の経験に生かす連続的な営みだ。これがデューイの基本テーゼである。なお、未開社会では大人の営みに加わることが主な教育だったが、文明が進むと学校という専門の場が必要になる。そこでの学びが生活から離れ抽象的・書物的になりやすい危険も含め、この移り変わりはすでに第一章で論じられている。

第六章では、本書の代表的な命題である教育の定義が示される。教育とは経験の継続的な再構成であり、経験の意味を増やし、その後の経験の進み方を方向づける力を高めることだという。中盤の第七章から第十四章では、もうひとつの代表的な命題が示される。民主主義は単なる政治体制ではなく、多様な人々が経験を共有して生きる生活様式であり、その存続にはふさわしい教育が不可欠だ。学校はそれ自体がひとつの共同体の生活でなければならない、という主張は最終章で明言される。

後半の第十五章から第二十四章では、具体的な争点が論じられる。遊びと仕事、労働と余暇、実践と知性、自然主義と人文主義、個人と世界、教養と職業。デューイはどの対立でも、二項を切り離さず、生きた経験のなかで結び直す道を示す。職業教育を技術訓練に閉じ込めず、社会の意味を学ぶ機会と捉え直す姿勢が一貫している。

最終の二章で、教育の哲学的・道徳的次元がまとめられる。知ることと行うこと、徳と知識は別物ではなく、よく経験することのなかでひとつになる。本書は教育論であると同時に、民主社会という生き方への長い手紙として読める。

著者

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