専門編 · 哲学の主要分野 · 第87章
法哲学:法の正当性を問う
1958年、ハーバード・ロー・レビュー誌に二本の論文が並んで掲載されました。オックスフォードのH・L・A・ハートの「実定法と道徳の分離」と、ハーバードのロン・フラーの応答です。論点はある具体的な事件でした。ナチス時代に夫を密告して死刑に追い込んだ妻は、戦後どう裁かれるべきか。当時の法は彼女の行為を許容していた。本章はこの裁判から始めます。
自然法論 — 不正な法は法ではない
古代ギリシアからキケロを経て、トマス・アクィナスへと続く自然法論は、法には実定法(lex humana)の上に普遍的な「自然法」が存在すると主張します。アクィナスの定式では、人為法は自然法から導かれてはじめて正当な法となります。自然法に反する法は「法の堕落」であり、本来の意味での法ではない、というラディカルな帰結を持ちます。
1946年、戦後ドイツの法哲学者グスタフ・ラートブルッフは「実証主義の弱点」と題する論文で、ナチス時代の極端な不正義法は法でなかったとする「ラートブルッフ定式」を提示します。ナチスの密告者は当時の法に従ったとはいえ、その法が著しく不正義である場合、彼女は依然として責任を問われる。これがフラー側の論拠でした。
法実証主義 — ハートの『法の概念』
これに対しハートは、1961年の主著『法の概念』で法実証主義を再構築します。ベンサム・オースティンの「法は主権者の命令」というシンプルな実証主義を批判しつつ、彼は「第一次規則と第二次規則の結合」として法を定義しました。第一次規則は行為を規定し、第二次規則(承認のルール、変更のルール、裁定のルール)はそれら自身の認識・変更・適用を可能にする。
ハートにとって、法と道徳は概念的に分離されるべきです。「これは法か」と「これは道徳的に正しいか」は別の問いです。ナチス法も、当時のドイツの承認のルールに従って制定された以上、法でした。だからといって従う義務があるとは限らない、と。法と道徳を概念的に分離することで、不正義な法を批判する余地を確保するこの論理は、現代法哲学の標準的立場の一つとなりました。
ドゥオーキン — 原理と統合性
ハートの最も鋭い批判者がロナルド・ドゥオーキンでした。1977年の『権利論』、1986年の『法の帝国』で彼が示したのは、法はルールだけでなく「原理(principles)」によっても構成されるという主張です。困難な事件で裁判官が判決を下すとき、明示的なルールでは答えが出ないことがある。
そのとき裁判官は、法体系全体を最も整合的に解釈する原理を探し出す。ドゥオーキンはこれを「統合性(integrity)としての法」と呼びました。彼の比喩では、裁判官は連作小説を引き継ぐ作家のようなものです。先行章を尊重しながら、最良の物語として続きを書く。法的判断は単なる規則の適用ではなく、解釈的・道徳的営為だ、というのです。
危害原理と現代の論争
ジョン・スチュアート・ミルが『自由論(ミル)』で示した「他者危害原理」は、現代法哲学の重要な争点の一つです。国家は個人の自由を、他者に危害を加える行為に限ってのみ制限できる。自殺、薬物使用、合意のもとでの危険行為など、自分にしか影響しない行為を国家が禁じるのは正当か。
ジョエル・ファインバーグはこの原理を緻密に展開し、ジェレミー・ウォルドロンは法と権利の関係を再検討しました。リチャード・ポズナーの「法と経済学」アプローチは、効率性の観点から法を分析する別の系譜を作っています。21世紀のAI法、データプライバシー、生命倫理関連法は、こうした古典的論争を新しい場面で再演しているのです。次章では、法より広い規模で人間の歩みを捉える、歴史哲学に進みます。
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