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ケアの倫理

人間関係と思いやりを道徳の中心に置く倫理学

倫理学フェミニズム関係性

この思想とは

具体的な人間関係における配慮と応答性を道徳の中心に据える倫理学。

【生まれた背景】

1982年、ギリガンが『もうひとつの声』でコールバーグの道徳発達段階論を批判し、正義と権利に偏る既存の倫理学に「ケアの声」という異なる道徳的志向を見出したことに始まる。フェミニズムの知的土壌から生まれた。

【主張の内容】

抽象的な原則や普遍的権利ではなく、「この人」への具体的な関心と応答を道徳の出発点とする。ノディングズは「ケアする者」と「ケアされる者」の間の専心没入と動機の移行を倫理の基盤に据えた。自律的で理性的な個人を前提とする従来の倫理学(カント倫理学や功利主義)に対し、人間の根本的な相互依存性と脆弱性を正面から受け止める。キテイは依存する人をケアする人が二次的に依存する「入れ子状の依存」を論じた。トロントはケアを政治的概念として拡張し、民主的ケア倫理を提唱した。

【日常での例】

「ルールより目の前の人の痛みに応えることが大切」という直観はケアの倫理に近い。

【批判と限界】

女性をケア役割に固定化する危険、普遍性の欠如、正義との関係が問われる。

さらに深く

【思想の深層】

ケアの倫理の哲学的革命は「道徳の出発点を変えた」ことにある。カント倫理学や功利主義は「理性的・自律的・平等な個人」を前提とする。ケアの倫理は人間が根本的に相互依存的・脆弱・埋め込まれた存在であることを出発点とする。ギリガン(『もうひとつの声』1982年)はコールバーグの道徳発達段階論(最高段階は「普遍的正義原理の適用」とされる)を批判し、女性が示す「具体的な関係性と配慮を重視する道徳性」はより低い段階ではなく、異なる声(different voice)だと論じた。ノディングズはケアの倫理を「ケアする者(one-caring)」と「ケアされる者(cared-for)」の関係性のダイナミクスとして分析する。ケアする者は相手の現実と必要への「専心没入(engrossment)」と「動機の移行(motivational displacement)」を経験する。キテイは重度障害者のケアを事例として「入れ子状の依存」(障害者に依存される介護者が、社会に依存せざるを得ない構造)を論じた。

【歴史的展開】

1982年のギリガンの著作が出発点。1990年代にノディングズ・コールド・トロントらが理論を発展させた。トロントは「ケアする民主主義(caring democracy)」を提唱し、ケアを私的関係の倫理から政治的価値へと拡張した(『正義の境界』1993年)。フェミニスト哲学との密接な関係を持ちながら、男性研究者(ヘルド・フォルクの「父親のケア論」等)にも広がった。2000年代以降、障害学・老年学・医療倫理・国際関係論への応用が進んだ。

【現代社会との接点】

少子高齢化が進む社会でケア労働の価値が問い直されている。介護士・保育士の低賃金問題はケア労働が市場で過小評価されるという経済的不正義として批判される。コロナ禍での医療従事者・エッセンシャルワーカーへの社会的認識の変化もケアの倫理の問題意識と共鳴する。

【さらに学ぶために】

キャロル・ギリガン『もうひとつの声で』(岩男寿美子監訳、川島書店)は出発点となる古典。ネル・ノディングズ『ケアリング』(立山善康ほか訳、晃洋書房)は倫理的理論の展開。上野千鶴子・中西正司編『ニーズ中心の福祉社会へ』(医学書院)は日本的文脈での展開を知るために有益。

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