『荀子』
じゅんし
荀子·古代
性悪説を唱え礼の重要性を説いた儒学の異端
この著作について
戦国末期の儒家・荀況《じゅんきょう》が、先行する諸子百家の思想を総決算する形で自ら体系的に書き記した儒学の大著。
【内容】
現存32篇。人間の本性は生まれつき利己的で欲望に流されやすく、そのまま放置すれば争いを生むとする「性悪説」を立て、善は後天的な学習と礼による「偽(ぎ・人為的な作為)」の産物だとした。孟子の性善説に真っ向から反駁する「性悪」篇のほか、天を道徳的な人格とする伝統を退けて天と人の職分を分ける「天論」篇、名称と実在の対応を論じる「正名《せいめい》」篇、認知の偏りを分析する「解蔽《かいへい》」篇など、戦国期思想のほぼ全領域をカバーする。
【影響と意義】
孟子の理想主義に対して、人間の弱さを直視したうえで制度と教育によって社会を秩序づける筋道を提示した点に特色がある。弟子から韓非子《かんぴし》や李斯《りし》を輩出し、秦による中国統一と法家的統治の理論的土壌を用意した。漢代以降は孟子を正統とする流れのなかで長く異端視されたが、清末以降に再評価が進み、現代では儒家内部のもう一つの大系として研究されている。
【なぜ今読むか】
人間の善性を前提にせず、制度と教育で社会を成り立たせようとする荀子の発想は、組織設計やルールづくりの現代的議論と響き合う。冒頭「青は藍より出でて藍より青し」の一節の、学びによる成長への信頼も古びない。
さらに深く
【内容のあらまし】
冒頭の勧学篇は「青は藍より出でて藍より青し、氷は水これを為して水よりも寒し」という名高い一句から始まる。教師から学んだ弟子が師を超えるように、人は学びによってこそ本来の素材を超えた存在になる。学問は積み重ねであり、千里の道も一歩から、駑馬であっても十日走れば駿馬に追いつくと諭される。荀子の思想全体が、後天的な努力と蓄積への信頼に貫かれていることがここで宣言される。
続く修身・不苟・栄辱の諸篇は個人の徳の養成を扱い、議兵・富国・王制の諸篇は国家経営に転じる。荀子は孟子の王道論を継承しつつ、より制度的な視点を強める。富国篇は分業と職分の重要性を説き、王制篇は身分の序列を礼によって明確化することが社会安定の条件だとする。礼は単なる作法ではなく、欲望と資源の不均衡を調整する社会的装置として位置づけられる。
天論篇では、儒家の天観に大きな転換が起こる。天は人格的な意志を持たず、星辰の運行や四季の交替は人間の善悪と無関係に進む。日食や旱魃を吉凶の徴と見るのは愚かで、人間がなすべきは自分の務めを果たし、自然を制御し利用することだ。「天を大として之を思うは、物を畜えて之を制するに孰か与らん」、つまり天を畏れて思いを巡らせるより、物を蓄えて制した方がよいという、合理主義的な立場が打ち出される。
性悪篇は本書の核心である。生まれたままの性は利を好み害を憎み、放置すれば争乱を生む。だから聖人は礼義を作り出し、教化によって人を変える。「人の性は悪、その善なるは偽なり」、ここでいう偽とは虚偽ではなく人為的な作り上げを指す。最後の正名篇は概念の混乱が政治を乱すと診断し、名と実の対応を厳密に保つ言語論を展開する。解蔽篇では認知の偏りが詳細に分析される。性悪説、合理的天観、礼治、名辨。これらが互いに支え合う体系として、本書には戦国期思想の一つの完成形が結晶している。
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