「他人に不正をはたらく手先になれと求める法なら、法を破れ」
ソロー近代
ソローが論考『市民の反抗』で、人を不正の手先にさせる法なら破れと説いた一文。
この言葉について
さらに深く
【出典】
本人の著作にある。ソローが1849年に「市民政府への抵抗」の題で発表し、のちに「市民の反抗」の名で知られる論考の一節である。ソローはまず、不正な法は存在する、それに甘んじて従うか、改めようと努めて改まるまでは従うか、ただちに破るか、と問う。そのうえで、if it is of such a nature that it requires you to be the agent of injustice to another, then, I say, break the law(もし法が、他人への不正の手先になることをあなたに求める性質のものなら、そのときは言おう、法を破れ)と書いた。
【よくある誤解】
この考えは、不正な法には従わない義務がある、という形でも紹介される。しかしその言い回しにいちばん近いのは、キング牧師が1963年4月16日付の「バーミングハムの獄中からの手紙」に書いた一文で、人には正しい法に従う法的・道徳的責任があり、逆に不正な法に従わない道徳的責任もある、というものである。ソロー自身は義務をもっと控えめに語る。どんなに大きな悪でも、その根絶に身を捧げるのが当然の義務だというわけではなく、義務は少なくとも、その悪から手を洗うことだとした。重心は、自分が非難する悪に自分の手を貸さないことにある。彼が自分に引き受ける権利があるとした唯一の義務も、いつでも自分が正しいと思うことを行うことだった。
【この言葉のその後】
キング牧師は自伝で、1944年に入ったモアハウス大学の学生時代にこの論考を初めて読み、悪の制度に協力しないという考えに強く心を動かされて何度も読み返したと書く。そして、悪への非協力は善への協力と同じく道徳的義務だと確信し、座り込みやフリーダム・ライド、モンゴメリーのバス・ボイコットをソローの主張から生まれたものと見た。一方ガンディーは1935年9月10日付の手紙で、自分の市民的不服従の考えがソローから来たという見方を誤りだとし、南アフリカでの抵抗はソローの論考を手にする前にかなり進んでいたと述べた。ただし英語の読者に自分たちの闘いを説明するため、ソローの言葉を使い始めたことは認めている。
この言葉を残した人物
ソローのほかの名言
「自由」の名言
「人間は自由の刑に処せられている」
サルトルが『実存主義とは何か』で、言い訳なしに選び続ける人間の条件を表した言葉。
「私には夢がある」
キング牧師が1963年のワシントン大行進の演説で、人種差別の撤廃と平等を訴えた言葉。
「人間は生まれながらにして自由である、しかしいたるところで鎖につながれている」
ルソーが『社会契約論』第1編第1章の書き出しで、自由と拘束の矛盾を示した言葉。
「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」
ボーヴォワールが『第二の性』第2巻の冒頭で、女性のあり方は作られると示した一文。
「自分自身の知性を使う勇気を持て」
カントが論文「啓蒙とは何かという問いへの答え」で、啓蒙の標語として掲げた言葉。