
ムハンマド
Muhammad
570年 — 632年
イスラム教の開祖、神の最後の預言者
この人物について
信仰と社会秩序を統合した世界宗教イスラムの創始者。商人出身で、実践的な社会改革者としての側面を併せ持つ神の最後の預言者である。
【代表的な思想】
■ 唯一神への絶対的帰依
唯一神アッラーへの絶対的帰依(イスラム)を説き、クルアーン(コーラン)として伝えられた啓示を信仰の基礎とした。偶像崇拝を厳しく退け、純粋な一神教を確立した。
■ 五行の生活規範
信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼を信仰の柱とし、法と道徳を一体化した包括的な生活規範を示した。
■ 共同体の連帯と社会正義
メディナにウンマ(イスラム共同体)を建設し、貧者への施しや弱者の保護を制度化した。共同体の連帯を信仰実践の核とした。
【特徴的な点】
宗教指導者であると同時に政治家・軍事指導者・立法者でもあった。メッカ征服によりアラビア半島の統一を実現し、その生涯自体が信徒の模範とされる。
【現代との接点】
世界約19億人のムスリムの信仰の中心であり、イスラム法・文化・国際関係に決定的影響を持ち続けている。
さらに深く
【思想の形成】
ムハンマド(570頃〜632)は、アラビア半島西部のクライシュ族ハーシム家に生まれた。幼くして両親を失い、祖父と叔父のもとで隊商交易に従事する商人として育った。当時のメッカはカアバ神殿を中心とする多神教の巡礼地であり、部族間の抗争と貧富の格差が社会を覆っていた。40歳頃、ヒラー山の洞窟で瞑想中に天使ジブリールを介して最初の啓示を受けたと伝えられる。迫害のもとメッカで布教を続けた後、622年にメディナへ移住し(ヒジュラ)、ここで信徒共同体ウンマを組織した。630年にはメッカへ無血帰還し、アラビア半島の宗教的統合を実現して632年にメディナで没した。
【思想的意義】
ムハンマドの宗教的革新は、部族的多神教と血縁的忠誠の社会を、唯一神アッラーのもとでの普遍的共同体へと組み替えた点にある。クルアーンに結晶した啓示は、信仰と社会秩序を分離せず、商取引・相続・婚姻・刑罰を含む包括的な生活規範として提示された。利子の禁止、喜捨(ザカート)の義務化、孤児・寡婦の保護は、当時としては先駆的な経済倫理であった。預言者の言行録ハディースと合わせて、後のイスラム法学(フィクフ)の根本資料を形成した。宗教的指導者・政治的統治者・軍事指導者・立法者の役割を一身に統合した点が、イエスとの決定的な差異である。
【影響と継承】
正統カリフ時代以降、イスラム文明はシリア、エジプト、ペルシア、イベリア半島へと拡大し、ギリシア哲学の翻訳運動を通じて中世ヨーロッパのスコラ学にも決定的影響を与えた。イブン・スィーナーやイブン・ルシュドの哲学はトマス・アクィナスに継承され、数学・医学・天文学では長く世界の最前線を担った。現代のムスリム人口は約19億人に達し、文明間対話の要である。
【さらに学ぶために】
井筒俊彦《いづつとしひこ》『イスラーム文化』がイスラムの思想と文化への入門として優れている。異なる宗教や文化を理解することは、グローバル社会を生きる上で不可欠な教養である。
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