専門編 · 近代の巨人 · 第65章
マルクス:『資本論』の核心
ロンドンの大英博物館閲覧室のテーブル「O7」は、ある亡命者の指定席でした。1851年から30年以上、毎朝9時から夜7時までこの席に座り、経済学・統計・工場法のレポートを読み続けた男がいます。家賃が払えず子を失いながら、彼が書きつないだのが『資本論』でした。本章ではこの書物の論理を、執筆現場の風景とともに辿ります。
大英博物館での三十年
1848年革命の挫折後、各国を追放されたマルクスは、1849年家族を連れてロンドンに渡ります。ソーホー区ディーン・ストリートの2部屋の安アパートで、彼は妻イェニーと4人の子と暮らしました。3人の子が乳幼児期に病死し、長女ジェニーも生涯病に苦しむなか、エンゲルスからの仕送りでようやく生活が保たれた。質屋通いと家賃滞納の毎日でした。
そのような中でも、マルクスは大英博物館閲覧室に毎日通い続けます。彼が読み続けたのは、当時最先端のイギリスの工場監督官報告書、議会の青書、地代や貿易統計でした。資本主義の最先端の現場を一次資料で読み込むこの作業は、ヘーゲル左派時代の哲学的論争とは全く別種の労力を要しました。1867年に『資本論』第一巻が出版されたとき、彼は49歳。残された原稿はエンゲルスが死後に編纂し、第二巻と第三巻が世に出るのは20世紀目前のことです。
商品物神性 — 物の関係に化けた人間の関係
『資本論』第一巻第一章の最後に置かれているのが、有名な「商品物神性(Warenfetischismus)」の節です。商品交換が支配する社会では、人と人が労働を通じて取り結ぶ関係が、なぜか「物と物の関係」として現れる。テーブルが「20ドル」という価値をもつとき、私たちはそれを物の自然属性のように錯覚します。
マルクスはこれを宗教の神秘化と並列に置きました。神々が人間の願望の投影であるように、商品の価値もまた人間労働の社会的関係の倒錯した表現にすぎません。物神性の発見は、市場社会で生きる私たちの感覚そのものを哲学的に診断する装置です。「物事は値段によって測られる」という日常感覚が、なぜそうなっているのかを問い直すための強力な道具を、マルクスはここで提供しました。
本源的蓄積 — 資本誕生の暴力的な歴史
『資本論』の最終章近くに置かれた第24章「いわゆる本源的蓄積」は、もっとも文学的な部分です。資本主義はある日突然、自由市場の調和として誕生したのではありません。15世紀のイギリスで始まる「囲い込み」は、農民を共有地から暴力的に切り離し、生産手段を奪い、彼らを工場で売るほかない労働力に変える過程でした。
さらに新大陸での先住民虐殺、アフリカからの奴隷貿易、東インドでの植民地収奪が、ヨーロッパに資本を流し込みます。マルクスは「資本は頭の先から足の爪先まで、あらゆる毛穴から血と泥を滴らせて生まれた」と書きました。経済学の教科書が「均衡」と「効率」を語るとき隠蔽される歴史を、彼は告発として刻みつけたのです。
21世紀のマルクス — ピケティから斎藤幸平へ
2008年のリーマン・ショック後、世界中の書店で『資本論』が再び売れ始めました。トマ・ピケティは2013年の『21世紀の資本』で、長期データから資本収益率が成長率を上回り続けることを示し、マルクスの予測を統計的に裏付けたと評されました。デヴィッド・グレーバーは負債と労働の人類学的歴史を書き直し、宇野経済学の伝統が日本で再注目されるきっかけにもなっています。
2020年代には日本の斎藤幸平が、晩年のマルクスのエコロジー的視点を発掘し、気候危機の時代に資本主義を超える道を構想しました。ソ連型社会主義の崩壊とともに死んだはずだったマルクスは、ギグワーク、プラットフォーム資本主義、生態系の危機という新しい現実を前に、再び読まれ始めています。次章では、同じ19世紀後半にヨーロッパの精神そのものを根底から揺さぶった別の声、ニーチェに進みます。
近代の巨人 · 第65章