専門編 · 近代の巨人 · 第64章
ヘーゲル:歴史哲学の射程
1820年代のベルリン大学。300人を超える聴講生が、ヘーゲルの『歴史哲学講義』に集まっていました。話し方は決して流暢ではなく、つぶやくような講義だったと伝えられます。それでも学生たちはヨーロッパ各地から押し寄せ、世界精神という壮大な物語を聞きました。本章では、後期ヘーゲルの歴史哲学と政治哲学を四つの主題から読みます。
ミネルヴァのフクロウ — 哲学は事後にしか飛べない
1820年に出版された『法の哲学』の序文には、有名な比喩があります。「ミネルヴァのフクロウは、黄昏が訪れるとともに飛び立つ」。知恵の女神ミネルヴァのフクロウが夕暮れに飛ぶように、哲学はある時代の生が成熟しきって終わろうとする瞬間に初めてそれを把握できる、というのです。これはヘーゲルの予言不能論で、未来を構想するのではなく、過ぎ去ろうとする現実を概念に翻訳することが哲学の役割だという主張でした。
この事後性のテーゼは、若いマルクスを激怒させます。「哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきただけだ。重要なのは世界を変革することだ」というフォイエルバッハ・テーゼ第十一は、まさにこのフクロウへの反論として読めます。ヘーゲルにとって哲学は革命の指南書ではなく、革命の意味を後から汲み取る読解の作業でした。世界精神は今この瞬間にも進行中だが、私たちはその進行を止めることも加速することもできません。
自由の意識における進歩 — 西洋中心主義の問題
世界史は何の物語なのか。ヘーゲルの答えは明快です。「自由の意識における進歩」。古代オリエントでは一人(専制君主)のみが自由であり、ギリシア・ローマでは一部の市民が自由となり、ゲルマン的キリスト教世界においてようやくすべての人間が自由な存在として認識されるに至った、というのが彼の見取り図です。
この進歩史観は明確に西洋中心主義的で、彼はアフリカを「歴史の外」と書き、中国とインドを「停滞」と切り捨てました。20世紀のポストコロニアル思想からの批判は当然ですが、自由を歴史的概念として、つまり徐々に展開し制度化されていく現実態として捉えた点は革新的でした。フランス革命を哲学化したヘーゲルにとって、自由とは個人の感情ではなく、社会的に承認された制度のうちに具体化されるものだったのです。
人倫の発見 — 市民社会という新しい領域
『法の哲学』は自由が制度として展開する道筋を、抽象的法・道徳・人倫の三段階に分けて描きます。所有権を中心とする抽象的法、個人の良心の領域である道徳、これらを止揚するのが「人倫(Sittlichkeit)」、つまり家族・市民社会・国家という具体的共同体です。とりわけ市民社会という概念は、ヘーゲルが哲学史上初めて明確に切り出した領域でした。
市民社会は欲望の体系としての市場であり、個人が私的利害を追求しあう場です。ヘーゲルはここに必然的に貧困と階級分裂が生まれることを冷静に分析しました。特定の階級に膨大な富が集積される一方、別の階級は依存と困窮へと突き落とされる、と。1820年のこの記述は、半世紀後のマルクスによる資本主義分析を先取りしています。市場の自己調整に楽観したアダム・スミスとは対照的に、ヘーゲルは市民社会の内的不安定さを直視した最初の哲学者でした。
フクヤマと歴史の回帰
1989年、ベルリンの壁が崩壊した直後、フランシス・フクヤマは「歴史の終わりか?」と題する論文を発表します。後に単行本『歴史の終わり』で展開されたのは、自由民主主義こそ世界精神の最終形態であり、ヘーゲルが予感したイデオロギー史の終着点を冷戦終結が証明した、というテーゼでした。当時このヘーゲル的歴史観は世界中で議論を呼びます。
2001年9月11日以降、その楽観は急速に揺らぎました。ハンチントンの『文明の衝突』、ロシアと中国の権威主義の台頭、ポピュリズムと宗教原理主義の再来。歴史に意味と方向はあるのか、あるとすれば誰がそれを語る資格を持つのか。ヘーゲル以後の思想は、この問いをめぐる絶え間ない応答として展開してきました。次章では、ヘーゲルの体系を「逆立ちさせた」と豪語した若き批判者、マルクスに進みます。
近代の巨人 · 第64章