『立正安国論』
りっしょう あんこくろん
日蓮《にちれん》·中世
日蓮の国家論
この著作について
鎌倉時代の僧・日蓮《にちれん》が幕府の前執権・北条時頼に奉呈した諫暁書であり、日蓮教学の出発点となった書。
【内容】
当時、正嘉の大地震、飢饉、疫病、大風と災厄が続いていた。本書は一人の旅の客と家主の問答という形式をとり、災難の原因は天候や偶然ではなく、人々が法華経という正法を捨てて念仏や禅、真言に傾き、謗法(誤った教え)を放置していることにあると説く。『金光明経《こんこうみょうきょう》』『仁王経《にんのうきょう》』『大集経《だいじっきょう》』などの経典を引き、正法が守られる国には仏天の守護がある一方、謗法が広がれば内乱と他国の侵略がかならず起こると警告する。末尾では、法華経への帰依こそが国を安んじる唯一の道だと結ばれる。
【影響と意義】
提出後、日蓮は幕府と諸宗から激しい弾圧を受け、伊豆、佐渡への二度の流罪を経験することになる。『開目抄《かいもくしょう》』『観心本尊抄《かんじんほんぞんしょう》』とならぶ「五大部」の筆頭に位置づけられ、日蓮宗・法華宗・創価学会など後続の宗派の思想的根幹をなす。国家と信仰の関係を正面から論じた、日本中世思想史の最重要文献の一つである。
【なぜ今読むか】
大規模災害や疫病が国の課題となったとき、人々は原因と意味を問い直す。「社会の危機に対して信仰や思想は何をなすべきか」という普遍の問いを、激しい情熱のこもった文体で正面から受け取れる書物である。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書は文応元年、日蓮が三十九歳のときに書かれ、鎌倉幕府の前執権・北条時頼に献ぜられた。形式は、ある宿の主人と、そこに泊まる旅の客との十番にわたる問答である。客は時代の苦難に困惑する常識人として登場し、主人がそれに答える役を担う。
第一問答で、客はまず近年の天変地異を嘆く。正嘉の大地震、続く飢饉、疫病、暴風、餓死者の山、人々の心の荒廃。なぜこれほどの災厄が続くのか、と問いかける。主人はそれに対して、人々が正しい教えを捨てたためだと答え、『金光明経』『大集経』『仁王経』などの経典から、正法が滅すれば国土に七難があらわれるという文を次々に引いていく。
中盤の問答では、犯人としてまず念仏が名指しされる。法然《ほうねん》の選択集が衆生に念仏のみを勧め、法華経をはじめ他の経典を「捨閉閣抛《しゃへいかくほう》」せよと教えていることが、謗法の根源だとされる。続いて禅、真言、律にも批判の矛先が向けられ、当時の鎌倉仏教の主要な潮流がほぼすべて俎上にのせられる。
後半に進むと、議論はさらに先鋭になる。経典が予言する七難のうち、すでに飢饉、疫病、内乱の兆しはあらわれている。残るのは「他国侵逼難《たこくしんぴつなん》」「自界叛逆難《じかいほんぎゃくなん》」、すなわち外国からの侵略と国内の内乱である。このまま謗法を放置すれば、必ずこの二難が現実になる、と主人は警告する。日蓮はこの予言を文永の蒙古襲来の十数年前に書きつけており、後にこの的中が日蓮信仰の核となる。
最後の問答で、客は深く頭を垂れ、自分も法華経を信じる、と転じる。主人は静かに、その帰依こそが国を安んじる唯一の道だと結ぶ。書物の語調は鋭いが、底流には民衆と国土への深い憂いが流れており、それが本書の長い生命の源となっている。
著者
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