『大集経』
だいじっきょう
大乗仏教経典·古代
末法思想を説いた大乗仏教経典
この著作について
正式名『大方等大集経』。インドで成立し、北涼の曇無讖《どんむしん》らによって漢訳された大乗仏教の大部経典。
【内容】
釈尊が大集会に集った菩薩・天人・諸神に対して説いた多くの教えを、十七部からなる長大な構成で収める。空・無相・無願の三三昧、大乗菩薩の戒律、陀羅尼の功徳、護法の誓願などが論じられる。とくに「月蔵分」は、釈迦入滅後の正法・像法・末法という三時の教えを示し、東アジアの末法思想の重要な典拠となった。
【影響と意義】
中国の道綽、日本の最澄《さいちょう》・親鸞《しんらん》・日蓮《にちれん》らがこぞって引用し、平安後期から鎌倉にかけての末法意識を哲学的に支えた経典である。
【なぜ今読むか】
時代の終末意識という普遍的な感覚が、宗教思想としてどう体系化されたかを知る古典である。
さらに深く
【内容のあらまし】
経は王舎城の耆闍崛山《ぎしゃくっせん》で幕を開ける。仏は三昧に入り、欲界と色界の天のあいだに大きな坊を出現させ、神通力で昇ってそこに入る。十方から無数の菩薩が雲のように集まり、以後の多くの品はこの大宝坊を舞台に語られる。次の「陀羅尼自在王菩薩品」で仏は、菩薩を飾る四つの瓔珞《ようらく》として、戒、三昧、智慧、陀羅尼を挙げる。
「宝女品」では、宝女という少女が、この経を十方で広められるならと願って真珠の首飾りを投げる。首飾りは仏と菩薩たちの頭に掛かり、菩薩たちは珠の中に、自分が仏となる未来の世界と菩提樹を見る。「無言菩薩品」では、将軍の家に生まれた子が、天の声から、世間のことを語らず、文字ではなく意味に依れと諭され、口をきかずに育つ。舎利弗は何の悪業の報いかと尋ねるが、仏はこの子こそ大菩薩だと答える。「宝幢分」では、侍女や配下までが仏に帰依するのを止められない魔王波旬《はじゅん》が、魔王たちの力を借りて仏を倒そうと図る。
後半の「日蔵分」と「月蔵分」は、竹林の園と仙人たちの住む山に舞台を移し、それぞれ「如是我聞」から語り直される。日蔵分の護持品には「末法世時」の語が出る。戒律に従って経を読むだけで坐禅をしなければ、三昧も悟りの果も得られない時代をいう。月蔵分の「分布閻浮提品」で仏は、天や龍や夜叉に閻浮提《えんぶだい》を分けて護らせると告げ、月蔵菩薩に滅後を500年ずつに区切って語る。初めは解脱が、次は禅定《ぜんじょう》が、次は読誦と多聞が、次は塔寺の建立が堅固で、最後の500年には争いと訴えが盛んになり、正しい教えが隠れていく。それでも戒を破った名ばかりの比丘《びく》を養う者にも大きな福があるとして、金が無ければ銀、銀が無ければ真鍮が値のつけられない宝になる譬えで、仏から順に下り、名ばかりの比丘を最後の無上の宝とする。そのあと国ごとに護る神々を割り当て、震旦(中国)も天子と夜叉の大将たちに託される。「法滅尽品」の偈《げ》は、悪い王と比丘のせいで教えが滅ぶさまを語り、仏が寿命の三分の一を捨てて法を保たせると述べる。滅後の正法は500年、像法《ぞうほう》は1000年とされる。
60巻17品のこの形は、一度に成ったものではない。冒頭の巻には北涼の曇無讖《どんむしん》の名が掲げられるが、日蔵分や月蔵分は那連提耶舎《なれんだいやしゃ》、無尽意菩薩品は智厳と宝雲の訳とされる。第1巻末尾の校正の後序は、国本と宋本が60巻17品、丹蔵が30巻11品だと記す。さらに、冒頭の瓔珞品を別に立てることを、60巻本の六つの誤りの筆頭に挙げる。