『開かれた社会とその敵』
ひらかれたしゃかいとそのてき
ポパー·現代
全体主義の哲学的源流を批判し民主主義を擁護した政治哲学の古典
この著作について
カール・ポパーが第二次大戦中にニュージーランド亡命先で書き上げ、1945年に公刊した全2巻の政治哲学書。科学哲学者ポパーが、戦争とファシズムの経験を哲学的に総括しようと試みた代表作。
【内容】
第1巻「プラトンの呪縛」では、プラトン『国家』に描かれた理想国家論を、完全な秩序を目指して変化を拒むユートピア主義として読み解き、その閉鎖性が全体主義の遠い源流になっていると論じる。第2巻「予言の大潮流」では、ヘーゲルの歴史哲学、マルクスの歴史的唯物論を「歴史主義」として批判し、歴史には不可避の法則などなく、社会は断片的な工夫によって段階的に改善していくべきだと説く。これに対置されるのが、誤りを認め修正し合う「開かれた社会」、すなわち批判的合理主義に立つ民主主義である。
【影響と意義】
20世紀政治哲学において、全体主義批判と民主主義の擁護を最も体系的に展開した著作の一つで、冷戦期の西側思想に大きな影響を与えた。歴史主義批判はその後の社会哲学、公共政策論でも繰り返し参照される。
【なぜ今読むか】
「理想の設計図に向けて社会を一気に作り直せる」という誘惑は、ポピュリズムや技術的ユートピアの形で今も繰り返される。段階的に誤りを修正しつつ進むという思考の節度を学ぶ書として読み続ける価値がある。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書は二巻構成で、それぞれ別の敵を相手取る。ポパーは序文で、ニュージーランドの大学講師時代に第二次大戦の報を聞きながらこれを書いたこと、本書を「戦争への自分なりの貢献」と位置づけていることを明かす。
第一巻はプラトン批判である。ポパーは『国家』『政治家』『法律』を読み直し、プラトンが描く理想国家を、社会変動への深い恐怖から生まれた「閉じた社会」のユートピアとして読み解く。哲人王が支配する階級社会、嘘も方便とする「高貴な虚偽」、子どもの教育を国家が完全に管理する仕組み、芸術検閲、不適格児の遺棄。これらを彼は、変化を悪と見なす形而上学的偏見の帰結と捉える。プラトンが部族社会の解体期に、共同体への一体感を回復しようとしてかえって全体主義への扉を開いたという読みは衝撃的だ。
第二巻はヘーゲルとマルクス、そしてその背後にある「歴史主義」全般の批判である。歴史主義とは、歴史には法則があり、その必然的展開を予言できるとする立場である。ヘーゲルにおいては国家が世界精神の自己実現として絶対化され、戦争すら歴史の進歩の手段として正当化される。マルクスにおいては階級闘争の弁証法が必然的勝利を約束する。ポパーは、社会科学において確実な予言は不可能であり、人間の選択と未知の知識の発展がつねに歴史を予測不能にすると論じる。
本書の積極的なメッセージは「ピースミール社会工学」の擁護にある。社会全体を一気に作り変えるユートピア工学は、必然的に独裁と暴力を伴う。これに対し、具体的な悪を一つずつ取り除いていく断片的な改良は、誤りを認めて修正することを許す。これを支えるのが、批判を歓迎し、議論によって誤りを正していく「開かれた社会」である。最後にポパーは、開かれた社会には不安と責任の重さがつきまとうが、部族的安定への退行こそが現代の最大の誘惑だと警告して筆を置く。理性と謙虚さに支えられた民主主義の擁護として、本書は読み継がれている。