フィロソフィーマップ

実践論

じっせんろん

毛沢東·現代

毛沢東の認識論

Amazonで見る
哲学

この著作について

毛沢東《もうたくとう》が矛盾論とともに延安で講じた認識論的小論で、マルクス主義と中国伝統思想を接合して知と行の関係を論じた著作。

【内容】

認識はまず直接的経験から出発し、感性的認識として多くの具体的な現象を蓄えたうえで、抽象と比較を通じて理性的認識つまり概念・法則へと飛躍する。そこで得られた理論は、必ず実践に戻されて検証され、修正されねばならない。こうした「実践から認識へ、認識から実践へ」という循環が、繰り返し螺旋状に深まっていくと論じられる。王陽明らの知行合一を背景に据えつつ、マルクス主義の認識論を中国革命という具体的状況に適用し、教条主義と経験主義を共に批判して、動的な認識のあり方を提示する。

【影響と意義】

中華人民共和国成立後の政治教育・党校教育で必修文献となり、アジアを中心に多くの革命運動・民族解放運動の思想的基盤を形づくった。経営・組織論の領域では、現場の経験と理論の往復を重視する発想の源の一つとしても参照される。

【なぜ今読むか】

データ分析と現場感覚のどちらを重んじるかをめぐる議論は、いまも企業や行政で尽きない。知と行の循環をどう設計するかという本書の問いは、賛否の政治的立場とは別に、実務家の思考を鍛える道具となる。

さらに深く

【内容のあらまし】

『実践論』は一九三七年、『矛盾論』とほぼ同時期に延安で講じられた認識論の小論である。冒頭で毛沢東は、マルクス以前の哲学、特に旧来の唯物論は、認識を社会的実践から切り離して論じた点で根本的な誤りを犯したと批判する。人間の認識は、自然と社会を変革する具体的な実践のなかからしか生まれない、というのが本書の出発点である。

続いて、認識の段階的発展が描かれる。第一段階は感性的認識である。労働者は工場に入り、農民は田畑に出て、革命家は大衆のなかに入り、五感を通じて多くの個別の現象を蓄える。色、音、重さ、抵抗、現場の空気。この段階ではまだ、現象は表面的な印象として並んでいるだけで、その背後の法則は見えていない。第二段階は理性的認識への飛躍である。蓄積された感性的素材を比較し、捨象し、本質的な共通点と内部のつながりを抽出することで、概念・判断・推理が形成され、事物の本質と法則が把握される。

この飛躍は自動的には起こらないと毛沢東は強調する。素材が貧弱だったり、思考が雑だったりすれば、飛躍の方向は誤る。逆に、素材が豊富でも思考の飛躍を惜しめば、認識は表面にとどまる。中盤では、教条主義者と経験主義者という二つの典型的な失敗が描かれる。教条主義者はマルクス・レーニンの古典の文言を抽象的に振り回し、現場の特殊な条件を無視する。経験主義者は逆に、自分の限られた局地的経験だけを重視し、普遍的な理論の助けを借りずに大局を誤る。どちらも、感性と理性、特殊と普遍、現場と古典を有機的に結びつけることに失敗している。

後半で議論はもう一度実践に戻る。理性的認識として得られた理論は、再び実践のなかに投じられて検証されねばならない。実践のなかで予測どおりの結果が出れば理論は確証され、出なければ理論は修正される。この「実践から認識へ、認識から実践へ」のらせん運動こそが、人類の認識が歴史的に深まっていくただひとつの道である。陽明学の知行合一を背景に、現代経営の現場と理論の往復にも通じる思考の型を、読者は手にすることになる。

著者

関連する哲学者と話してみる

この著作をマップで見るAmazonで見る