『人間の絆』
にんげんのきずな
サマセット・モーム·現代
孤独な青年の自己発見を描いたモーム自伝的長編
この著作について
イギリスの作家サマセット・モーム(W. Somerset Maugham、1874〜1965)が1915年に刊行した自伝的長編小説『Of Human Bondage』の邦訳である。題名はスピノザ『エチカ』第四部「人間の隷属について」から取られており、情念に縛られた人間の不自由を主題とする。日本では新潮文庫(中野好夫 訳)岩波文庫(行方昭夫 訳)などで広く読まれている。
【内容】幼くして両親を失い伯父夫婦に引き取られた跛行《はこう》の少年フィリップ・ケアリーが、神学校・ハイデルベルク留学・パリでの絵画修行・ロンドン医学校を経て医師として独り立ちするまでの遍歴を描く。中心軸は奔放で粗野な娼婦ミルドレッドへの執着で、フィリップは何度も裏切られながらも彼女から離れられず、自分の理性が情念の鎖にどれほど無力かを思い知る。社会階層の壁、貧困、宗教的懐疑、芸術への憧れと挫折、職業選択の苦悩が、一人の青年の眼を通して観察される。
【影響と意義】リアリズム小説の金字塔として、ドストエフスキー『罪と罰』、ゾラ『居酒屋』、モーム『月と六ペンス』、ジョイス『若い芸術家の肖像』、現代のテレビ・ドラマの家族金銭闘争の原型に至るまで、膨大な影響を広げてきた。日本では田山花袋《たやまかたい》・島崎藤村《しまざきとうそん》ら自然主義作家の系譜に連なる「自分史小説」の世界的範例として読まれ、教養主義時代の青年の必読書だった。
【なぜ今読むか】自分が情念の奴隷であることを認める痛みと、それでもなお自由を選び直そうとする粘り強さが描かれる。「自分とは何者か」を問い続ける現代の若い読者にも、なお有効な伴走者となる。
どの訳で読むか
新しい訳を選ぶなら、2021年の金原瑞人訳と2022年の河合祥一郎訳があり、どちらも上下2冊で電子書籍もある。書名を原題に近づけた訳がよければ河合訳で、下巻の解説と年譜もあわせて読める。岩波文庫の行方昭夫訳は全3冊で、版元のサイトでは上巻が品切れ、中巻と下巻が在庫ありと表示されている(2026年10月時点)。
さらに深く
【内容のあらまし】
物語は母の死の床から始まる。死期の迫った母は、寝床に連れてこられた幼いフィリップの体を足の先までなで、右足の5本の小さな指を確かめ、続けて左足に手をすべらせて、すすり泣く。母を亡くした少年は、牧師をしている伯父のもとで育つことになる。
学校に戻る前の晩までに足を治してほしいと、彼は神に祈る。奇跡が起こるはずの朝、右足の指でそっと左足に触れ、手でもなでてみるが、足を引きずって階段を下りていく。ハイデルベルクで、アメリカ人学生ウィークスとの会話のさなかに神を信じる理由がわからないと口にした瞬間、自分がもう信じていないと気づく。自由を手にした高揚のなか、昔からの習慣のままに、もう神を信じていないことを神に感謝する。
芸術に惹かれてパリへ渡ると、酔ったクロンショーが、人生の意味を知りたければペルシア絨毯を見よ、答えはいつか向こうからやって来ると謎をかける。画学生ファニー・プライスは、三日食べていないと書き送ったあと、部屋の天井の鉤《かぎ》に縄をかけて首を吊る。師のフォワネは、君は凡庸な画家にしかなれないと告げ、別の道を試せと勧めて、手遅れになってから凡庸さを知るのは残酷だと言う。伯母の死で帰郷した彼は、医学を学ぶと決める。信仰を捨てて以来、行動の理論ができるまでの仮の規則として、角の警官に気をつけながら自分の性向に従えと自分に課してきた。
ロンドンでは、友人ダンスフォードが思いを寄せる喫茶店の給仕女ミルドレッドに、フィリップのほうがとらわれていく。痩せた体つきにも俗っぽい髪型にも反発を覚えながら、彼女を愛する自分を憎み、軽蔑する。結婚すると告げて別の男のもとへ去った彼女が、身ごもったまま捨てられて戻ってくると、彼の情熱はたちまちよみがえる。やがて彼女が友人グリフィスに夢中になると、二人が週末を過ごせるようにと自分から持ちかけ、その金まで出してしまう。のちに同居した彼女は、彼に拒まれて罵倒し、子どもを連れて姿を消す。荒らされた部屋では、謎の答えが込められていると彼が言った絨毯が、ナイフで3度切り裂かれていた。
友人マカリスターに勧められた南アフリカの株で損失をかぶった彼は、入院患者として知り合ったアセルニーの口ききで売り場監督の職に就く。画家ローソンから友人ヘイウォードの病死を聞かされ、何のための人生かと自問するうち、クロンショーの絨毯を思い出して、ふいに謎が解ける。人生に意味はない。そう悟った彼に、もう一つの考えが浮かぶ。織り手が自分の美的な楽しみのためだけに模様を織るように、人も自分の生を生きればよい。自分の生という模様をどう織り上げるかは、物語の終わりで描かれる。