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キリスト教の本質

きりすときょうのほんしつ

フォイエルバッハ·近代

キリスト教を人間の自己疎外として論じた宗教批判の古典

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哲学宗教

この著作について

ルートヴィヒ・フォイエルバッハが1841年に公刊した宗教批判の書。ヘーゲル左派の代表作であり、マルクスエンゲルスに決定的影響を与えた。

【内容】

本書の核心命題は「神学は人間学である」。人間は自らの最も善い性質(知性・意志・愛)を投影して神を作り上げ、その投影された像の前にひれ伏すことで自分自身の本質から疎外される、とフォイエルバッハは論じる。キリスト教の三位一体・受肉・復活といった教義を人間学的に読み替え、神は外的存在ではなく人間の類的本質の映し鏡であると結論づける。宗教を単なる虚妄として退けるのではなく、そこに人間が自己理解を求める営みを見出す点が特徴的である。

【影響と意義】

本書の「疎外」概念はマルクスの初期思想に直接継承され、以後のヒューマニズム思想・無神論・宗教社会学の出発点となった。キルケゴールニーチェの宗教批判も本書と対話的関係にある。

【なぜ今読むか】

現代でも、人は自分の理想像を外部に投影してしまいがちだ。宗教批判の枠を超え、自己疎外という現象を考える思想的補助線として有効な一冊である。

さらに深く

【内容のあらまし】

本書は二部構成をとる。冒頭でフォイエルバッハは、自分は宗教そのものを否定するのではなく、その秘密を解きたいのだと宣言する。彼の鍵となる主張は単純で力強い。神とは人間が自らの最も善き性質を外に投げ出して作り上げた像にほかならない、というものだ。知性、意志、愛。これら人間の類的本質が、無限のものとして神に投影され、その鏡に向かって人間は祈りを捧げる。神学とは結局、人間学の倒立した姿である。

第一部「宗教の真の本質、すなわち人間学的本質」では、神という概念の各特性が一つひとつ解体されていく。神は知性として無限の知識を持つとされるが、これは人間が自分の限られた知性の延長線上に夢想した完全性である。神は意志として全能であるとされるが、これは人間が自分の制約された意志の理想化である。神は愛であるとされるが、それこそ人間が他者へ向けるべき愛の実体を、いったん天上に預けてしまった姿である。

中盤ではキリスト教の主要教義が一つひとつ取り上げられる。三位一体は、人間が孤独な存在ではなく他者との関係のなかでこそ自分であることの神話的表現である。受肉は、神が人になるという物語の形で、神とは結局人間にほかならないことが告白された出来事である。聖霊と祈りは、人間の感情生活の宗教的形象であり、奇跡は願望の想像的成就である。フォイエルバッハはここで、宗教の感情的真実を尊重しつつ、その対象を人間自身に取り戻すべきだと論じる。

第二部「宗教の偽の、すなわち神学的本質」では、神学が本来の人間学的真実を覆い隠す逆作用を起こす局面が論じられる。神を人間とは絶対的に異なる超越者として固定したとき、宗教は人間を貧しくする。最も善きものを神に譲り渡した分だけ、人間自身は卑小になり、自分の力を信じられなくなる。これが「疎外」である。マルクスはこの概念をフォイエルバッハから引き継ぎ、宗教的疎外から経済的疎外への分析へと拡張していく。本書末尾で著者は、神への愛を人間への愛へ、彼岸への希望を此岸の改革へと取り戻すよう呼びかけて筆を置く。

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