『この人を見よ』
このひとをみよ
近代
発狂直前のニーチェが自ら書き残した自伝的総括
この著作について
フリードリヒ・ニーチェが1888年秋、トリノで短期間に書き上げた自伝的著作。翌89年にトリノで発狂し知的生活を終えたため、遺稿として公刊は1908年までずれ込んだが、ニーチェ自身による自著自己評の唯一の著作として、ニーチェ思想の総括的テクストとなる。
【内容】
副題は「いかにして人はあるところのものとなるか」。「なぜ私はかくも賢いか」「なぜ私はかくも利発か」「なぜ私はかくも良書を書くか」「なぜ私は一個の運命であるか」の4章と、各主著(『悲劇の誕生』『反時代的考察』『人間的、あまりに人間的』『曙光』『ツァラトゥストラ』『善悪の彼岸』『道徳の系譜』『偶像の黄昏』)への自己解説章からなる。パロディとも真剣とも取れる、誇張された自己称揚の文体で全篇が貫かれる。
【影響と意義】
20世紀の思想家(ハイデガー、バタイユ、デリダ、フーコー)が繰り返し論じてきた、ニーチェ解釈の中心文献。自伝と哲学、狂気と創造性の関係をめぐる問いの出発点である。
【なぜ今読むか】
自分の仕事と人生を自分の言葉でどう言い切るかの極端な実例として、一気に読める短編。自己呈示のあり方を考える教材にもなる。
どの訳で読むか
ここに挙げる中でいちばん新しい訳で読みたいなら2016年の丘沢訳、若いころの自伝的な文章もあわせて読みたいなら「自伝集」を併せて収めた川原訳が目安になる。巻末の訳注と解説を手がかりに読みたいなら、岩波文庫の手塚訳と新潮文庫の西尾訳がある。
手塚富雄訳岩波書店・岩波文庫、1969年
Amazonで探す1969年に岩波文庫に入った訳で、巻末に解説と訳注がつく。電子書籍版もある。第1章の題は「なぜわたしはこんなに賢明なのか」と訳されている。
西尾幹二訳新潮社・新潮文庫、1990年
Amazonで探す巻末に訳注と訳者の解説がつく。2015年に改版された(国立国会図書館の書誌では23刷改版)。版元の紹介文は「ニーチェ最高の入門書として、また風変りな自伝としても読むことが出来る」とし、新訳決定版とうたう。第1章の題は「なぜ私はかくも賢明なのか」と訳されている。
川原栄峰訳筑摩書房・ちくま学芸文庫、1994年
Amazonで探すちくま学芸文庫版のニーチェ全集の第15巻にあたり、版元の紹介によれば若き日の「自伝集」をあわせて収める。576ページで、解説は訳者が書いている。同じ訳者が本書と「自伝集」を訳した巻は、1967年に理想社のニーチェ全集でも出ている。
丘沢静也訳光文社・光文社古典新訳文庫、2016年
Amazonで探すここに挙げる中でいちばん新しい訳。版元の紹介文は「ニーチェ自身による最高のニーチェ公式ガイドブック」とうたう。電子書籍版は2017年から配信されている。
さらに深く
【内容のあらまし】
序言でニーチェは、近く人類に最も重い要求を突きつける以上、自分が何者かを言っておくのは欠かせないと述べる。自分の習慣にも誇りにも逆らうことだが、言う義務があるとして、こう記す。私の言うことを聞け、私はこういう者だ、何より私を取り違えるな、と。
第1章の冒頭は謎かけで、私は父としてはもう死に、母としてはまだ生きて老いていくという。この二重の出自から自分はデカダンであると同時に始まりでもあるとし、父の生が傾いたのと同じ36歳で生命力の最低点に落ち、1879年にバーゼルの教授職を退いて、夏をサン・モリッツで影のように過ごした。続く節では、デカダンであることは別にして自分はその反対でもあると言い、出来のよい人間の姿を描いて、その人を殺さないものはその人をより強くすると書き、いま描いたのは私自身だと結ぶ。
第2章は、神や罪の問いには関心がなく、気にかかるのは食事の問いだと言うところから、土地と気候、休養へと進む。第9節では副題の問いに答え、課題が並外れて大きい場合には、人が本来の自分になるには自分が何であるかを少しも予感していないことが前提だとする。第10節では、なぜこんな小さな事柄を語ったのかと自問し、これらは従来重んじられてきた何よりも大切だと答えたうえで、人間の偉大さの公式として運命愛を掲げ、前にも後ろにも永遠にも、何ひとつ違ったものであってほしくないと望むことだと言う。
第3章は、私は私、私の書いたものはまた別だと切り分けてから、各著作を振り返る。『悲劇の誕生』は時代離れして見えるが、ヴェルトの戦いの砲声のなかで書き始められ、その問題はメッスの城壁の前で看護の任務についていた寒い9月の夜に考え抜かれたという。『人間的な、あまりに人間的な』をバイロイトへ送ると、同じころワーグナーから献辞入りの「パルジファル」の台本が届き、二冊の行き違いに不吉な響きを聞いた気がして、剣が交わる音ではなかったかと問い、二人とも黙りこんだという。『ツァラトゥストラ』の節では、作品の根本にある永遠回帰の思想が、1881年8月、シルヴァプラーナ湖畔の森を歩き、スールレイ近くのピラミッド形の巨岩のそばで立ち止まったときに訪れたと語られる。
最終章でニーチェは「Ich bin kein Mensch, ich bin Dynamit.(私は人間ではない、ダイナマイトだ)」と言い放つ。いつか聖人にされることを恐れ、この本を先に出すのは人が自分に勝手なことをするのを防ぐためだと述べ、聖人よりは道化でありたいと言う。そして最後は、わかってもらえたかと問い、「ディオニュソス対十字架にかけられた者」という一句で閉じる。
著者
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