『創造的進化』
そうぞうてきしんか
アンリ・ベルクソン·近代
生命を「エラン・ヴィタル」として捉えたベルクソン哲学の頂点
この著作について
アンリ・ベルクソンが1907年に公刊した生の哲学の主著。『時間と自由』『物質と記憶』に続く第三の大著で、1927年のノーベル文学賞受賞理由の中心となった、20世紀前半に最も広く読まれた哲学書の一つである。
【内容】
進化を単なる機械論や目的論で説明する立場を共に退け、生命を「エラン・ヴィタル(生命の躍動)」という創造的な力の不断の展開として捉える。生命は物質の抵抗を切り裂きながら分岐し、植物的生・本能的生・理性的生といった複数の方向へと自らを多様化していく。人間の理性は、空間化された静止的概念を扱うために特化した道具であり、生命の流動そのものを捉えるには「直観」が必要であるとされる。
【影響と意義】
ホワイトヘッド、プルースト、ジェイムズ、シャルダン、西田幾多郎《にしだきたろう》、ドゥルーズに至るまで、20世紀の哲学・文学・神学に広範な影響を与えた。現代のプロセス哲学、複雑系生命論、ポスト人間中心主義思潮の源流の一つ。
【なぜ今読むか】
生命科学・AI・気候危機が「生命とは何か」を根本から問い直す現代、ベルクソンの直観的生命論はなお根源的な応答を提供する。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書は四章からなる中規模の哲学書である。冒頭でベルクソンは、生命を捉えようとした従来の二つの立場、機械論と目的論の双方をともに退ける。機械論は、生命体を物理化学的な部品の組み合わせとして説明し、未来は過去から完全に予測できるとする。目的論は、生命の発展があらかじめ定められた目的に向かって進むとする。だがどちらも、生命を「すでに作り終えられたもの」として扱う点で誤っているとベルクソンは見る。生命の本質は、絶えず新しいものを生み出していく持続そのものにある。
第二章で彼は進化論を生の哲学から読み直す。地球上の生命は、原始的な生命形態から出発して、植物的な系列、節足動物的な系列、脊椎動物的な系列へと分岐してきた。これは単なる適応の積み重ねではない。生命の根底には「エラン・ヴィタル」つまり生命の躍動と呼ばれる創造的衝動があり、それが物質の抵抗を切り裂きながら、複数の方向へと自らを多様化させていく。植物は太陽エネルギーを蓄える方向に、動物は運動と感覚の方向に、それぞれエランを引き受けた結果として進化したと彼は描き出す。
第三章では、本能と知性という二つの認識様式が比較される。蜂が幼虫のために麻痺させる獲物を正確に刺し止める本能は、対象との直接の親密さに支えられている。ところがこの認識は対象の特定の種類にしか及ばない。知性は逆に、対象を分割し物として扱うことによって、あらゆる対象を扱える普遍性を持つが、生きた持続そのものを捉え損ねる。知性は道具を作る能力として進化した。だから無生物を扱うのに長けるが、生命や意識といった連続的な持続を捉えるには、まったく別の能力、すなわち直観が要請される。
第四章でベルクソンは哲学史を再検討する。エレア派、プラトン、アリストテレス、近代物理学に至るまで、西洋哲学は時間を空間化し、変化を瞬間の集合に還元する傾向を続けてきた。それは知性の自然な癖から来る。彼は最後に、こうした静止した世界像を超えて、生命の流れそのものに添って哲学する道を提案する。直観によって持続のなかに身を浸し、そこから世界を見直すこと。生命と物質、意識と宇宙の関係を、絶えざる創造の過程として捉え直すこと。発表時に大反響を呼び、二十世紀前半のヨーロッパ思想と日本の西田幾多郎にも深い影響を与えた。
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