箱の中に猫と、放射性物質と、それが崩壊したら毒が出る装置を入れます。1時間後、崩壊が起きた確率はちょうど半分です。
物理の式をそのまま読むと、箱を開けるまで猫は生きた状態と死んだ状態が重なったままになります。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
箱の中に猫と、放射性物質と、それが崩壊したら毒が出る装置を入れます。1時間後、崩壊が起きた確率はちょうど半分です。物理の式をそのまま読むと、箱を開けるまで猫は生きた状態と死んだ状態が重なったままになります。
開ける前の猫は、どうなっていますか。
この問いには答えがあります。ただ、ほとんどの人が同じところでつまずきます。
この問いを作った人
エルヴィン・シュレーディンガーが1935年に出した例です。
大事なのは、彼はこれを不思議な話として紹介したのではないという点です。当時の量子力学の解釈がおかしいことを示すために作りました。 原子ひとつなら重なった状態でも呑み込めるが、それを猫まで引き伸ばすと明らかにばかげている。だからその解釈は不完全だ、という批判です。
アインシュタインも同じ側に立っていました。物理学者アブラハム・パイスは、プリンストンでの散歩の途中でアインシュタインから、見ていないあいだ月はそこに無いと本気で思うのか、と問われたことを書き残しています。二人とも、猫の話を面白い謎ではなく、理論の欠陥を突く道具として使いました。
いまでは意図が逆転して、量子力学の不思議さを紹介する話として広まっています。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
手がかりで決める。見ていないだけで、もう決まっている。アインシュタインが取った立場です。観測される前から結果は定まっていて、私たちが知らないだけだ、と。この考え方は後に実験で厳しく検証され、単純な形では成り立たないことが分かりました。
判断を保留する。決まっているかどうかを確かめる方法が無い。開ければ必ずどちらかになるので、開ける前の状態については何も言わない。
暮らしで決める。開けたときに何が起きるかは同じで、実験も予測も変わらない。計算して予測が当たるなら、その先を問うなという態度です。物理学者の多くが実務上これを取っています。
筋道に従う。式がそう言うなら、直観のほうを疑うべきだ。アキレスと亀のゼノンと同じ立場です。受け入れがたい結論でも、前提と推論が正しいなら引き受ける。
猫は、この話に必要でしょうか
シュレーディンガーが猫を選んだのは、大きくて、生きていて、誰でも状態を判定できるからです。
原子の重ね合わせなら「よく分からない小さな世界の話」で済みます。猫だと済みません。どこかに、重ね合わせが許される世界と許されない世界の境目があるはずです。 その境目がどこかを、この思考実験は問うています。
そして90年たったいまも、その境目の位置は決まっていません。近年は、より大きな物体でも重ね合わせが確認されるようになり、境目は少しずつ猫のほうへ動いています。
いま、この問いが出てくる場所
量子コンピュータは、重ね合わせを消さずに保つことで計算します。猫の話が実務になりました。 重ね合わせがいつ壊れるかは、性能を左右する具体的な工学の問題です。
哲学の側では、観測とは何かという問いが残っています。装置が測れば観測なのか。人が見なければ観測でないのか。 ここに答えが出ていないことが、猫がまだ箱から出られない理由です。