
丸山眞男
まるやま まさお(Maruyama Masao)
1914年 — 1996年
日本政治思想史の巨人、戦後民主主義の理論家
この人物について
日本のファシズムと前近代性を鋭く分析し、戦後民主主義の理論的支柱となった日本政治思想史の巨人。
【代表的な思想】
■ 超国家主義の論理と心理
天皇制国家のもとでの日本ファシズムの精神構造を分析した。権力の所在が曖昧なまま全体主義へと傾斜していく日本特有のメカニズムを描き出した。
■ 「である」と「する」
日本社会の前近代性を、身分や属性による「である」論理と、行為や業績による「する」論理の対比で批判した。近代社会は「する」論理に基づくべきだが、日本ではなお「である」論理が支配的であると論じた。
■ 永久革命としての民主主義
民主主義は完成された制度ではなく、市民の不断の努力と参加によって絶えず更新されるプロセスであるとした。民主主義を名詞ではなく動詞として捉える姿勢を示した。
【特徴的な点】
徳川時代の思想展開に近代化の内在的契機を見出す一方、日本社会に根深い前近代的要素を批判し続けた。ヘーゲルやボルケナウらの研究を日本近世の思想史に応用した。
【現代との接点】
政治的無関心や「空気を読む」文化、責任の所在が不明確な組織運営など、丸山が批判した日本社会の構造的問題は現代でもなお根強く、その分析は繰り返し参照されている。
さらに深く
【思想の形成】
丸山眞男(1914〜1996)は、ジャーナリスト丸山幹治《まるやまかんじ》の次男として大阪に生まれた。一高時代には唯物論研究会の講演会に参加して検挙され、特高《とっこう》の取り調べを受けた。東京帝国大学法学部で南原繁に師事し、当初は西洋政治思想史を志していた。卒業後に南原の研究室の助手となると、南原の意向で日本政治思想史の研究に進み、荻生徂徠を論じた。広島・宇品の陸軍船舶司令部に二等兵として配属され、そこで自らも被爆し、敗戦を迎えた。上官の意向をうかがう軍隊生活の経験は、「自立した個人」を目指す戦後の思想につながったと指摘される。戦時中に書いた徂徠論などの論文では、ヘーゲルやボルケナウらの研究を日本近世に応用した。
【思想的意義】
『日本政治思想史研究』では、徂徠学における「自然」から「作為」への転換を、日本近代思想の内在的胚胎として析出した。論文「超国家主義の論理と心理」は、天皇制のもとでの日本のファシズムの精神構造を解剖し、戦後民主主義論の出発点となった。『日本の思想』は、思想が「たこつぼ型」に分断されて相互対話を欠く状況を指摘した。「「である」ことと「する」こと」では、属性による承認と行為による評価の対比を、前近代と近代の文化類型として提示した。民主主義を完成された制度ではなく、市民の不断の努力で更新される「永久革命」として捉えた点は、丸山思想の倫理的核である。
【影響と継承】
丸山の古層論が江戸時代暗黒観と明治維新礼賛に陥り、近代批判を失ったとの批判は子安宣邦らによって、朱子学が官学となった時期の見立てへの批判は渡辺浩《わたなべひろし》らによって展開された。しかし、空気を読む文化、責任主体の不明確な組織運営、官僚制の無答責性といった診断は、原発事故や官公庁の文書問題の分析においても繰り返し召喚されている。英訳を通じて比較政治思想史の古典として国際的にも参照される。
【さらに学ぶために】
『日本の思想』は短く読みやすい代表作である。苅部直《かるべただし》『丸山眞男:リベラリストの肖像』が評伝として信頼できる。誰も責任をとらない構造に違和感を覚えたとき、丸山の分析は強力な補助線を与えてくれる。

