専門編 · 20世紀の哲学者たち · 第75章
フーコー:権力のミクロ物理学
1971年2月、パリのリヨン駅近くの石畳。フーコーと支援者たちが「監獄情報グループ」と書かれたチラシを配っていました。彼が立ち上げたGIP(Groupe d'Information sur les Prisons)は、囚人と元囚人に発言の場を与える運動です。哲学者が机を離れ、街頭でビラを撒く。本章では、この実践と『狂気の歴史』から晩年のエイズによる死までを辿ります。
『狂気の歴史』 — 大いなる閉じ込め
1961年、ソルボンヌに提出された900ページの博士論文『狂気の歴史』は、35歳のフーコーの最初の主著です。中世ヨーロッパでは狂気は神秘的な経験として宗教的場面に組み込まれ、ルネサンス期には「愚者の船」のように街から街へ流される存在でした。決定的な転換は17世紀に訪れます。1656年パリの「総合施療院」設立で、貧者・浮浪者・狂者・性的逸脱者・無神論者がまとめて閉じ込められる「大いなる閉じ込め」が始まる。
近代の精神医学は、この閉じ込めを後から正当化する装置として登場した、というのがフーコーの診断でした。精神病という「客観的な」カテゴリーは、社会が労働できない者を排除する歴史的決定の翻訳にすぎません。狂気を医学の対象として確立する一連の制度的・概念的操作が、知と権力の絡み合いの最初の事例として描かれます。後の彼の仕事の方法論は、すべてこの一冊に予示されていました。
パノプティコンと規律権力
1975年の『監獄の誕生』で焦点は刑罰の歴史へ移ります。冒頭、1757年に処刑された王の弑逆者ダミアンの公開処刑の凄惨な描写が置かれます。引き裂かれ、焼かれ、四つ裂きにされる身体。それから80年後、刑罰は同じ程度に過酷ですが、外からは見えない監獄での時間管理になります。フーコーの問いは、この変化が「人道的進歩」と呼べるかどうかでした。
彼は18世紀末のジェレミー・ベンサムが設計したパノプティコン(一望監視施設)を分析の鍵にします。中央に監視塔があり、周囲を独房が円形に取り囲む。囚人は監視されているかどうかを知らずに、自分が見られている可能性を内面化して自分を律するようになります。フーコーはこのモデルを学校・病院・工場・軍隊にまで拡張し、近代社会そのものが規律権力に貫かれていると論じました。私たちはみな、パノプティコンの一住人なのです。
『性の歴史』 — 告白する動物としての近代人
1976年の『性の歴史』第一巻でフーコーは、ある通念を転倒させます。「ヴィクトリア朝以来、性は抑圧されてきた」というロマンチックな語り。彼が示したのはむしろ反対のことでした。19世紀のヨーロッパは、医師・神父・親・教師に向かって性について語ることを義務化した。性は隠されたのではなく、際限なく告白され、科学的真理として産出されてきたのです。
中世のキリスト教は告解という装置を発明しました。近代の精神分析はそれを医学化した。私たちが「自分の本当の性的欲望を知れば自由になれる」と感じるのは、自由のしるしではなく、告白する動物として作り上げられた歴史の効果なのだ、と彼は論じます。権力は所有される実体ではなく、無数の力関係のネットワークとして遍在し、知を生産し主体を形成する。「権力/知」という独特の表記がここから生まれます。
生政治と最期 — 1984年の沈黙
晩年のコレージュ・ド・フランス講義で前面に出されるのが生政治の概念です。近代国家は個々人の身体を規律するだけでなく、人口・出生率・健康・寿命といった集団の生命そのものを統治の対象とするようになります。新自由主義の統治性分析へと向かう道筋がここで開かれました。並行して、彼はギリシア・ローマの「自己への配慮」へと遡行し、自分自身を倫理的主体として形成する技法の系譜を辿り始めます。
1984年6月25日、フーコーは57歳でエイズによる肺感染症で死去します。フランスで最初に公の場でエイズによる死が認められた人物の一人でした。死の直前まで、ベッドの上で『性の歴史』第二巻と第三巻の校正を続けていたといいます。第四巻『肉の告白』は彼自身が出版を拒んだため、34年後の2018年にようやく公刊されました。次章では、フーコーと同世代でフランス哲学のもう一つの極を構築したドゥルーズに進みます。
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