専門編 · 古代・中世の深層 · 第57章
アリストテレス:実体論の彼方
リュケイオンの並木道を歩きながら、アリストテレスは弟子たちに語っていました。歩きながら講義したため、彼らは「ペリパトス(散歩する者)」と呼ばれます。理論哲学はプラトンを敬愛しつつイデアを天上から地上に引き降ろす作業から始まりました。本章では実体・カテゴリー・不動の動者・没後の運命という四つの柱で、その射程を辿ります。
個別実体 — 「このソクラテス」から始める
プラトンの形而上学が天上のイデアから降りてくるなら、アリストテレスのそれは目の前の個物から始まります。彼の根本概念は「ウーシア(実体)」、すなわち独立して存在しうるものです。「白さ」は誰かが白いことなしには存在しえないが、「ソクラテス」は彼自身として存在する。第一実体は「このソクラテス」「この馬」のような個別存在であり、種や類はそこに帰属する第二実体にすぎません。
この発想は、プラトン主義に対する哲学史上もっとも重要な反転の一つでした。何かを「説明する」とは、別世界の理念を持ち出すことではなく、目の前のものの構造を内側から解剖することです。中世のトマス・アクィナスはこの個別実体の哲学に依拠して、神もまた一つの個別存在として論じる神学体系を組み立てています。
カテゴリー論 — 述語の十の型
『カテゴリー論』でアリストテレスは、私たちがものについて語るとき必ず使っている述語の型を十に整理しました。実体・量・質・関係・場所・時間・位置・所持・能動・受動の十です。「ソクラテスは哲学者である(実体)」「身長五尺ある(量)」「賢い(質)」「クサンティッペの夫である(関係)」というように、対象を多角的に描写する型がここで網羅されます。
これは単なる文法分類ではなく、世界の存在様式の地図でした。何が独立に存在し、何がそれに付帯するのかを、述語の構造から読み解く作業です。カントが第一批判で「悟性の十二カテゴリー」を立てたとき、アリストテレスのこの仕事への明示的な対決を表明したのは、その射程の長さを物語ります。中世スコラ哲学はこの分類体系を「述定の問題」として発展させ、現代の存在論にも形を変えて流れ込んでいます。
不動の動者 — 形而上学の頂点
『形而上学』第十二巻でアリストテレスは、世界には自らは動かずに他のすべてを動かす「不動の動者」が存在しなければならない、と論じます。あらゆる動きは別の動きから生じるが、そのまま無限後退に陥ると説明になりません。だから運動の系列の頂点に、自分は動かずに憧れの対象として他を動かす存在を置かねばならない、というのです。
この不動の動者は、永遠に自己自身を思惟する純粋な活動として描かれ、「思惟の思惟」と表現されました。中世のイスラム哲学者アヴェロエスはこれを唯一の能動知性として解釈し、トマス・アクィナスはキリスト教の神と結びつけます。哲学が神学に到達する道筋を、アリストテレスは古代ですでに切り開いていたのです。
遺稿の運命と「形而上学」という名前
アリストテレスの晩年の著作は公開講義のためのノート集に近く、本人の死後ほぼ三世紀のあいだ忘れられていました。紀元前1世紀、ロドス島のアンドロニコスがリュケイオンに残された膨大な草稿を編纂し、自然学の諸書の「後」に配列した一群の論考に「ta meta ta physika(自然学の後のもの)」という呼称を与えます。これが現代の「メタフィジクス(形而上学)」という言葉の起源です。
編集の都合で生まれた呼称が、やがて「物理学を超えた領域」を意味する哲学用語に転化していった偶然は、思想史の小さな奇跡です。アンドロニコスの編集を経て、アリストテレスのテキストはアラビア世界に渡り、そこから12世紀のヨーロッパに再輸入されて中世大学の標準教材となります。次章では、この理論哲学と双子の関係にある倫理の体系、『ニコマコス倫理学』を読み解きます。
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