『禅学入門』
ぜんがくにゅうもん
現代
鈴木大拙が達磨から日本禅までの歴史と思想を日本語で概観した入門書
この著作について
鈴木大拙が1934年に大東出版社から刊行した日本語による禅入門書。同年ロンドンで公刊された英語の『An Introduction to Zen Buddhism』とは別個の独立した著作で、日本語話者を念頭に独自に書き下ろされた。
【内容】
達磨から六祖慧能、馬祖道一、臨済義玄、洞山・曹山、さらに日本の栄西《えいさい》・道元《どうげん》・白隠までの禅の歴史を素描した上で、坐禅の意義、公案《こうあん》の役割、「見性《けんしょう》」と「悟り」の経験の性格、日常と禅の不二性などを大拙自身の体験と中国禅文献の引用を交えて説く。著者が繰り返し強調するのは、禅が哲学でも宗教的神秘主義でもなく「人間の本性を直ちに見る」生の技法であるという点である。
【影響と意義】
戦前から戦後にかけての日本における禅の通俗的理解と知的理解を橋渡しした古典的入門書として位置づけられる。岩波文庫版(坂東性純訳など)でも復刊されており、日本語で禅思想史を辿る際の標準的な手引きとなっている。
【なぜ今読むか】
マインドフルネスやウェルビーイングの語彙だけでは届かない禅の骨格を知りたい人に、落ち着いて厚みのある手引きを与えてくれる。短くはないが、何度でも開ける書物である。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書は1940年に大東出版社から出た。国立国会図書館の書誌では211頁で、「禅の真髄」を改題し改訂した本とされる。「禅の真髄」は大雄閣の本で、国立国会図書館にある1933年版にも、ほぼ同じ章題が並ぶ。2004年の講談社学術文庫版の紹介は、外国人向けに英文で書いた本を、著者が日本人のために自ら邦訳したものと説明する。緒論と八つの章は、1934年に英語で出た『禅仏教入門』の九つの章と一つずつ対応する。以下は、対応する英語版の章で確かめた内容である。
緒論は、禅では身をもって体験することがすべてだと言い切る。「禅とは何か」の章は、禅は哲学なのか、宗教なのかという問いに順に答え、禅は何も教えず、教えはめいめいの心から出てくると述べる。「禅は虚無主義か」の章は、六祖慧能が五祖から後継ぎと認められた偈で始まる。もとより何も無いのに塵がどこにたまるのかとうたうこの偈から、禅を虚無の教えとみなす人は多い。章の狙いは、その見方を退けることにある。「非論理的なる禅」は、手ぶらで行くのに鋤を握り、歩いているのに牛に乗り、橋を渡れば水ではなく橋が流れるとうたう傅大士《ふだいし》の偈から始まる。
「大肯定の禅」の冒頭では、首山《しゅざん》が竹篦《しっぺい》を掲げ、これを竹篦と呼べば肯定、呼ばなければ否定、さあ何と呼ぶかと迫る。弟子の一人が竹篦を奪って二つに折る。「実際的の禅」には、来たことがあると答えた僧にも、無いと答えた僧にも、そのわけを尋ねた院主にも、趙州《じょうしゅう》が茶を一杯と勧める問答が出てくる。「悟り」の章は、悟りとは物を見る新しい立場を得ることだと説く。香厳《きょうげん》は、父母が生む前の自分について問われて答えられず、書きためた覚え書きを焼き、庵を結んで移り住む。ある日、掃いた小石が竹に当たる音で悟りを開く。
1940年版では、133頁から始まる「公案」の章が50頁を占め、どの章よりも長い。英語版の同じ章は、公案を眼、坐禅を足にたとえ、公案とはもとは公文書を指す語だと説く。六祖の本来の面目を問う公案は、もとは長い修行の果てに投げかけた問いで、いまは出発点に使うと述べる。白隠の片手の音は、弟子に聞けと迫る問いとして、趙州の庭前の柏樹子《はくじゅし》は、初学者に与える公案として挙がる。大慧《だいえ》が師の圜悟《えんご》の編んだ『碧巌集』を焼いた話は、公案に頼りきる危うさの例である。
最後の「禅堂と僧侶の生活」は、禅堂の制度を開いた百丈《ひゃくじょう》の、一日働かなければ一日食べないという言葉を引く。持ち物を小さな箱一つに収める暮らしや、物音を立てない食事、畑仕事と托鉢が描かれる。

