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ソ

『ソピステス』

古代

ソフィストと哲学者を区別しようとするプラトン後期対話篇

哲学

この著作について

プラトンが後期に執筆した対話篇。『テアイテトス』『ポリティコス』と連なる三部作の中核で、「ソフィストとは何者か」を定義しようとする議論を通じて、「あらざるもの(非存在)」の存在論を真正面から扱う、プラトン晩年の最も難解な作品の一つである。

【内容】

エレアから来た客人が主要対話者として登場し、ソクラテスは聞き役に回る。ソフィストを「分割法(ディアイレシス)」で定義しようとするが、定義は6回試みられてなおソフィストの本質を掴めない。最後、ソフィストが扱う「偽り」を論じるためには「あらざるもの」が何らかの意味で「ある」ことを認めざるをえず、パルメニデス的「あるもの」一元論が根本から修正される(「父殺し」)。類(ゲノス)の混合論が提示される。

【影響と意義】

西洋存在論の鍵テクストとして、ハイデガーが『存在と時間』の巻頭にこの対話篇の一節を引いたことで有名。アカデミー学派、新プラトン主義、現代のソフィスト再評価(納富信留ら)の中心参照点。

【なぜ今読むか】

「フェイクとは何か」という現代的問題の哲学的原点として、驚くほど先端的。

どの訳で読むか

解説と註のついた単行本で読むなら、2013年に出た水崎博明訳がある。岩波書店のプラトン全集に入った藤沢令夫訳は、版元のサイトで品切れと表示されている(2026年10月時点)ので、図書館などで探すことになる。

  • 藤沢令夫訳岩波書店・プラトン全集第3巻、1976年

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    『ポリティコス』(水野有庸訳)と1冊にしたA5判の全集で、496ページ。版元は、存在論と認識論という土台の上にこそ政治思想が立ち現れるとして、二つの対話篇を続けて紹介している。版元のサイトでは品切れ(2026年10月時点)。

  • 水崎博明訳櫂歌書房(星雲社発売)・プラトーン著作集第4巻第3分冊、2013年

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    書名は「ソピステース」。「ソピステース篇をこう読む」と題した解説、翻訳、註を1冊に収める。縦19cmで269ページ。プラトーン、ソピステースと、長音で表記する。

ほかに、加来彰俊訳を収めた勁草書房のプラトン著作集第1巻(1971年)があり、『クラテュロス』『饗宴』『パルメニデス』と同じ巻に入っている。

さらに深く

【内容のあらまし】

対話は、『テアイテトス』の翌日、テオドロスとテアイテトスがパルメニデスとゼノンの弟子だという客人を連れてくる場面で始まる。ソクラテスが、ソフィスト、政治家、哲学者は一つか二つか三つかと尋ねると、三つだと答えた客人は、勧められたテアイテトスを問答の相手にする。

客人はまず釣り人を手本に、技術を二つずつ切り分けて定義する。ソフィストを追うと、金持ちの若者を狙う報酬目当ての狩人、魂の品を扱う商人、その小売商、自作の学識を売る者、論争術の使い手と姿を変え、六つめには魂から思い込みを取り払う浄化者が現れる。だが客人は、狼と犬ほどの似方だとためらい、名は一つなのに知識が多すぎるのはおかしいと立ち止まる。

何についても論じられると称するソフィストを、客人は、遠くから絵を見せて子どもを欺く画家になぞらえる。だが、あるように見えて実はないものや偽りは、どうして成り立つのか。パルメニデスは、あらぬものがあるとは決して示せないと説き続けた。あらぬものは語れないと言うそばから、客人はそれを一つのものとして語ってしまい、父パルメニデスの説に手をかけるが父殺しとは見なさないでほしいと頼む。

先人たちは原理を三つだ、二つだ、一つだと語ったが、客人は、「ある」と言うとき何を指すのか、自分たちはわかったつもりでいたが今は途方に暮れていると問い返す。この一節を、ハイデガーが『存在と時間』の巻頭に引く。続く神々と巨人の戦いでは、触れられる物体だけがあると言い張る者たちと、イデアだけを真の存在とする者たちが争う。客人は、前者がましな答えをすると仮定し、わずかでも働きかけるか働きかけられるかする力をもつものはあるという目印を示す。後者には、認識も働きかけだから、あるものは動きや生や魂や知性と無縁でないと迫る。

すべてが混ざるなら動は静になり、何も混ざらないなら何も語れないから、類には結びつくものとつかないものがある。母音が子音をつなぐように、それを見分けるのが哲学者の問答法だ。ソフィストは暗闇に逃げこむから、哲学者はまぶしすぎるから見えにくい。最大の類としてある、動、静、同、異の五つが選ばれ、「あらぬ」は反対でなく「異なる」ことだと確かめられる。

言葉にも「あらぬ」が混ざるなら偽りは成り立つ。名詞と動詞が組み合わさって文になり、「テアイテトスは座っている」は真で、「いま私が話しているテアイテトスは飛んでいる」は、ないことをあるかのように言う偽りの文になる。結びに描かれるのは、知らないと薄々気づきながら知者をよそおい、私的な場の短い言葉のやりとりで相手を自己矛盾に追いこむ、人間の言葉の手品師の系譜である。

著者

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