『四書集注』
ししょ しっちゅう
朱子·中世
朱熹の儒教注釈書
この著作について
南宋の大儒・朱熹《しゅき》が生涯をかけて完成させた儒教経典の注釈書で、新儒学(朱子学)を東アジア共通の学問体系へと押し上げた金字塔。
【内容】
『礼記』の二篇であった「大学」と「中庸」を独立させ、『論語』『孟子』とともに「四書」として並べ直したのは、朱熹の編集上の大きな決断である。各書には章句の注、先儒の異説の整理、朱熹自身の按語が詳細に付され、理と気による宇宙論、「格物致知《かくぶつちち》」「居敬窮理《きょけいきゅうり》」という修養の階段、「性即理」とする人間観が、経典の一語一句に沿って展開される。儒教の古典を道徳形而上学として読み直すための、稠密で有機的なテキスト群が成立している。
【影響と意義】
元・明以降、本書は科挙の必修教材となり、朝鮮王朝ではその教説が国家イデオロギーとなった。日本でも林羅山《はやしらざん》・山崎闇斎《やまざきあんさい》らを経て江戸幕藩体制の正学に据えられ、さらに幕末の思想家や教育の語彙にも影を残している。東アジア近世の知識人の思想形成を知るうえで避けて通れない古典である。
【なぜ今読むか】
古典に新しい解釈の層を重ね、社会と国家の根本原理に書き換えていく知的営みの手本が、本書のなかに結晶している。情報を再編集することで世界観を更新する実践を、古の儒者のスケールで学べる。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書は四つの古典への注釈集だが、四書をひとまとまりとして並べ直したこと自体が、朱熹の最大の編集行為である。『礼記』のなかの一篇にすぎなかった『大学』と『中庸』を独立させ、『論語』『孟子』と並べて初学者の必読書とした瞬間、東アジアの儒教教育の形が決まった。
冒頭に置かれるのは『大学』である。朱熹はその冒頭の数百字を「経」、後半を曾子の「伝」と整理し、欠けていると見た「格物致知」の章を自ら補って章句を整える。「明徳を明らかにし、民を新たにし、至善に止まる」という三綱領、「格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下」の八条目が、大学の柱として立てられる。彼の按語では、「格物」が外の事物に即してその理を窮めることだと注解され、知識の働きと道徳的修養が一直線につながるよう配置される。
続く『中庸』では、子思に帰される本文が章ごとに細分され、天命・性・道・教の連関が解きほぐされる。冒頭の「天の命ずるをこれ性と謂い、性に率うをこれ道と謂う」という一文に、朱熹は理気論の宇宙論的注釈を加え、本文の道徳論を形而上学へと押し広げていく。
『論語』への集注では、孔子と弟子たちの問答一つひとつに、漢唐の古注を踏まえつつ宋代までの諸家の説が比較される。朱熹は古注の訓詁的解説を尊重しながらも、最終的には自分の理学的立場から本文の意味を確定する。同様に『孟子』への集注では、性善説や四端の説が、性即理の枠組みから整然と再編される。「惻隠の心は仁の端なり」が、人間性と天理の連続性を示す根拠として読み直される。
本書全体を通して、朱熹は古典の一語一句に新しい体系の織り目を縫い込んでいく。読書とは、すでに完成した道徳と宇宙の秩序を、自分の心のなかで再発見する行為である、というのが彼の信念であり、その信念が東アジアの知的世界を六百年以上にわたり方向づけることになる。
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