『孟子』
もうし
孟子·古代
性善説を唱えた儒学の四書の一つ
この著作について
戦国期の儒家・孟軻《もうか》が諸侯を遊説《ゆうぜい》した論戦と、弟子との対話を収めた儒学の根本文献。
【内容】
全7篇、各篇に上下があり計14編で構成される。人間の本性は生まれつき善であるとする「性善説」を軸に、仁・義・礼・智の四徳が幼児期から「四端《したん》の心」として芽生えているとした。井戸に落ちかける幼児を見て誰もが咄嗟に助けようとする心の動きが、その証拠として引かれる。政治論では武力による覇道を退け、民の暮らしを守る「王道」を掲げ、暴君は放伐してよいとする易姓革命《えきせいかくめい》の論理を示した。
【影響と意義】
孔子没後、儒家が墨家・法家と激しく競い合う時代に、孟子は性善説と王道論で儒家の理論武装を完成させた。南宋の朱熹《しゅき》が『四書集注』で『論語』『大学』『中庸』と並ぶ「四書」の一つに位置づけて以降、東アジアの科挙の必読書となり、政治思想の語彙を規定した。「民を貴しと為し、君を軽しと為す」という命題は、儒家思想に強い民本主義の色を加えた。
【なぜ今読むか】
権力に正面から「それは王道か覇道か」と問い返す孟子の対話は、上下関係のなかで意見を言う勇気とは何かを考えさせる。性善説も、「人を信じられるか」という現代の問いに一つの答えを差し出している。
さらに深く
【内容のあらまし】
冒頭の梁恵王篇で、孟子は梁の恵王のもとを訪ねる。王は「老人がはるばる来たからには我が国に利益をもたらすのだろう」と切り出すが、孟子は即座にそれを退ける。「王よ、なぜ利を口にするのか。仁義あるのみ」と。利を求めれば家臣も民もすべて利で動き、国は崩れる。仁義こそが国を保つという根本姿勢が、冒頭から鮮烈に提示される。続けて王道と覇道が対比され、力で人を従わせる覇者と、徳で人を心服させる王者の違いが繰り返し説かれる。
公孫丑篇では浩然の気が論じられる。義を集めることで自然に湧き上がる剛健な気で、これを天地に満たすほどに養えば何ものも恐れなくなる。同じ篇で示されるのが四端の説だ。井戸に落ちかけた幼子を見て誰もが咄嗟に救おうとする心の動き、これが惻隠の情であり、仁の端緒である。同様に羞悪・辞譲・是非の心が義・礼・智の端緒となる。人間性の善は、論証ではなく具体例に訴えて示される。
滕文公篇と離婁篇では、井田制や教育制度の構想が語られる一方、楊朱と墨翟への激しい批判も展開される。「楊朱は我のみ、墨翟は兼愛、両者ともに父子の道を断つ」と弾劾される。儒家の段階的な愛こそが現実に即した倫理だという立場の表明である。万章篇では古の聖王舜や伊尹の物語が再解釈され、徳のある臣下が暴君を放伐することの正当性、いわゆる易姓革命の論理が引き出される。
告子篇は人間性論の核心である。告子が「性は水のようなもので、東に流せば東、西に流せば西」と説くのに対し、孟子は「水は確かに東西を選ばないが、必ず下に流れる。人の性が善であるのもこれと同じだ」と切り返す。教育や境遇によって失われることはあっても、人の本性は善であるという確信は揺るがない。最終の尽心篇では「心を尽くせばその性を知り、その性を知れば天を知る」と結ばれ、心と性と天が一本の線で結ばれる。儒家の心の哲学はここで一つの完成を見る。
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