『人間的自由の本質』
にんげんてきじゆうのほんしつ
シェリング·近代
自由と悪の問題を根源的に論じたシェリングの代表論文
この著作について
フリードリヒ・シェリングが1809年に発表した哲学論文。フィヒテ・ヘーゲルと並ぶドイツ観念論の中核をなす書であり、自由と悪の問題を根底から考え直そうとした。
【内容】
本書の核心命題は「自由とは善悪いずれかを選ぶ能力である」。シェリングは、自由は単に外的強制からの解放ではなく、人間の内奥にある「暗い根拠」から光の原理を分離させる行為そのものだと論じる。神自身にも闇と光の二重性があり、人間の自由は神の自己啓示のプロセスに参与するという壮大な構想が展開される。悪を軽視せず、自由の条件として正面から扱う点で、古典的神正論とは一線を画す。
【影響と意義】
本書はハイデガーが『シェリング論』で集中的に読み解いた書として知られ、20世紀の実存主義・存在論・宗教哲学に深い影響を残した。ティリッヒ、ベルジャーエフらの宗教的実存主義、またユング心理学にも響きを与えている。
【なぜ今読むか】
自分の内なる「闇」を直視し、なお自由であることを引き受けるという倫理的課題は、現代のメンタルヘルスや倫理論にも通じる。難解さを超えて挑む価値のある論文である。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書はシェリングが一八〇九年にミュンヘンで公刊した中編論文で、副題が示すとおり「人間的自由の本質、およびそれと結びついた諸対象に関する哲学的探究」である。冒頭でシェリングは、自由をめぐる哲学の通念を二つに整理する。自由を必然と単純に対立させて何にも規定されない無根拠なものとする立場、もしくは万物が神のうちに含まれるとして自由を単なる外見にしてしまう汎神論的立場。彼はそのどちらも退け、より深い意味での自由を捉え直そうと試みる。
論述の出発点に置かれるのは、スピノザ的汎神論への再評価である。シェリングは、すべてが神のうちにあるという命題を、必ずしも人間の自由と矛盾しないと読む。問題は、神と被造物の関係をどう把握するかにある。彼はここで根源的な区別を導入する。神における「実在の根拠」と「実存そのもの」の区別である。神には光の原理と暗い根拠が同時に属し、この内的な緊張が世界を可能にする。被造物は神のうちなる根拠から派生するゆえに自立性を持ちうる。
中盤の核心が悪論である。シェリングは、自由を真に自由たらしめるのは善悪のいずれかを選ぶ実在的な力であると論じる。自由が単に善のみを行う能力なら、それは必然と区別がつかない。本物の自由は、暗い根拠から立ち上がる自己中心的な意志と、光の原理に従う普遍的な意志の双方を抱えており、両者を分離して光のもとで統一するか、自己中心へと固執して光から離反するかの選択肢を持つ。悪は単なる欠如ではなく、神の自己啓示の過程に避けがたく属する積極的な可能性である。
終盤では人間の現実存在が論じられる。人間の自由は時間的な選択ではなく、各人の存在の根底にある永遠の決断である。人は時間のなかで悪を選ぶというより、時間に先立つ知性的行為のなかですでに自分の傾きを定めている。シェリングはこれをカントの「叡智的性格」の議論やヤコブ・ベーメの神秘思想と結びつけ、神自身もまた歴史的過程を通じて自らを実現していくと論じる。最後に救済論が示される。神の愛は最終的に暗い根拠を光のなかに引き取り、悪と苦しみのすべてを包み込む。後にハイデガーがこの論文を集中的に読み直し、ティリッヒやベルジャーエフらの宗教的実存主義に影響を残した。
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