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盲

『盲人書簡』

もうじんしょかん

ドニ・ディドロ·近代

盲人の知覚から導く感覚論的唯物論の書簡

哲学認識論

この著作について

ディドロが1749年に発表した書簡体の哲学的エッセイである。原題は『Lettre sur les aveugles à l'usage de ceux qui voient(見える人のための盲人書簡)』。盲目の数学者サンダーソンを題材に、視覚を持たない者の世界認識から哲学的考察を展開する。

【内容】

ディドロは盲人の知覚経験を手がかりに、世界を構成する諸感覚の偶然性を浮かび上がらせる。視覚に依存した秩序や摂理、目的論的世界観が、感覚条件の違う者には全く別の姿で現れることを示し、伝統的な神学的世界像を相対化する。物質の感受性という発想の萌芽もここに見られ、後の動的唯物論につながる思考が芽生えている。

【影響と意義】

本書の挑発的な内容ゆえに、ディドロは1749年7月から11月までヴァンセンヌ城に投獄された。獄中での読書と思索は、その後の『百科全書』編纂や唯物論の徹底へと結実する。本書は啓蒙思想と宗教権力の緊張関係を象徴する事件性をも帯びた重要な著作である。

【なぜ今読むか】

感覚と認識の関係をめぐる本書の問いは、ロック以来の経験論と現代の現象学・認知科学を結ぶ視座を提供する。多様な身体性から世界を捉え直す思想として、当事者性を尊重する現代の議論にもつながる。

どの訳で読むか

2026年10月時点で出版社の在庫ありと確かめられたのは、法政大学出版局のディドロ著作集第1巻に入っている平岡昇訳で、補遺もこの巻で読める。岩波文庫の吉村・加藤訳は版元のサイトで品切れと表示されている。題は訳によって『盲人書簡』と「盲人に関する手紙」に分かれるので、探すときは両方で調べるとよい。

  • 吉村道夫・加藤美雄訳岩波書店・岩波文庫、1949年

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    題は『盲人書簡』で、青624-4、144頁。版元の紹介は、盲人の数学者と、その死の床に登場する牧師との対話を通して、ディドロが唯物的・無神論的な見解を展開すると述べている。版元のサイトでは品切れと表示されている(2026年10月時点)。

  • 平岡昇訳法政大学出版局・ディドロ著作集 第1巻 哲学I〈新装版〉、2013年

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    題は「盲人に関する手紙」で、補遺がつく。同じ巻に『自然の解釈に関する思索』『ダランベールの夢』など、哲学上の主要著作を年代順に収める。四六判、上製462ページで、定価は5,800円+税。版元ドットコムでは出版社の在庫情報が「在庫あり」となっている(2026年10月時点)。

さらに深く

【内容のあらまし】

冒頭にウェルギリウスから引いた一句を掲げ、ある夫人に宛てた手紙の形で書き出される。レオミュールの計らいで生まれつきの盲人が白内障の手術を受けたのに、包帯をとる場に哲学者は立ち会わせてもらえなかった。そこでディドロは、実験の代わりに友人との会話を報告するという。

最初に訪ねるのは、ピュイゾーの生まれつきの盲人だ。彼は浮き彫りの文字で息子に読み方を教えていた。鏡とは何か、目とは何かと問われた彼は、鏡は物を自分から離れたところに浮き彫りにする機械、目は杖が手に及ぼすのと同じ働きを空気が及ぼす器官だと答える。目が欲しいかと聞かれると、好奇心さえなければ長い腕でもかまわない、月で起きていることも手のほうがよく教えてくれそうだと言う。彼は盗みをひどく嫌う一方で、恥じらいはあまり重んじない。

続く主役は、ケンブリッジ大学で数学のルーカス教授をつとめた盲人ニコラス・サンダーソンである。ディドロは、彼が代数の計算にも直線図形を描くのにも使った装置を説明する。死の床で牧師のホームズが自然の驚異を説くと、サンダーソンは、その美しい光景は自分のために作られたことがない、神を信じてほしいなら触らせてくれ、と返す。動物が生まれたばかりの頃は頭や足のないものがいて、怪物は次々に滅び、重大な矛盾を含まない組み合わせだけが残ったのではないか、とも問う。最後は錯乱から覚めて、クラークとニュートンの神よ、私を憐れみたまえと叫び、息を引き取る。ディドロはこの場面を弟子インチリフの伝記(1747年、ダブリン)に拠るものとして示すが、編者の注は、臨終の想像をインチリフの責任にしたことでディドロはイギリス人の反感を買ったと記す。

手紙の終わりに向けて、モリヌーの問いが取り上げられる。触って同じ金属の立方体と球を見分けられる成人の生まれつきの盲人が、視力を得たとき、見ただけで両者を区別できるか。モリヌーはできないとし、ロックも同意し、コンディヤックは別の考えをとる。ディドロは、白内障を除かれたばかりの目がすぐに使えるのかと前提から疑い、手術の直後は何も見分けられないが、目は触覚の助けなしに自分で見ることを学ぶと考える。終わり近くでは、人間の知識をモンテーニュの秤にかければ彼の銘に近づくと述べ、我々は何を知っているのか、物質が何かさえ知らないと認める。

手紙には、書いてから33、34年後にディドロ自身が書き足した補遺がある。そこでは、ほとんど生まれたときから目の見えなかった人のなかでいちばん驚くべき人として、メラニー・ド・サリニャック嬢が語られる。彼女は、盲人は残酷なはずだと先に書いたディドロを許さなかった。

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