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近

『近思録』

きんしろく

朱熹、呂祖謙·中世

朱熹と呂祖謙が周敦頤・張載・二程の語録を編纂した朱子学入門書

哲学アジア

この著作について

南宋の思想家・朱熹が盟友・呂祖謙と1175年に共編した道学(朱子学)入門書。周敦頤・張載・程顥・程頤の四人の著作から精髄を抜粋し、14巻622条に整理して組み直した、宋明理学の標準的テクストである。

【内容】

巻一「道体」で太極・理気論から始まり、為学・致知・存養・克治・斉家・出処・治体・制度など、個人の修養から政治実践までを理論的順序で配列する。元の『朱子語類』『四書集注』と共に朱子学を学ぶ者の必読書となり、日本では林羅山以降の儒者が入門書として用いた。李滉(朝鮮の李退渓)編『近思録釈疑』など、東アジアの儒学教育の基礎テクストとして広く注釈される。

【影響と意義】

朱子学が東アジア知識人共通の基本教養となる過程で、『近思録』は入門書兼思想綱領として決定的な役割を果たした。江戸期日本の私塾・藩校で必読書であり、伊藤仁斎《いとうじんさい》や荻生徂徠《おぎゅうそらい》の古学派も、本書への批判的対決を出発点としている。

【なぜ今読むか】

東アジアの思想文化を通史的に理解するうえで、最も短時間で入れる基本書として、今も学術的価値を保っている。

どの訳で読むか

原文と訓読、訳、注を1冊でそろえたいなら明治書院の市川訳、文庫で訓読文と現代語訳、注を読みたいなら3冊に分かれた湯浅訳が目安になる。巻の呼び方は訳によって違い、市川訳と山崎訳は「致知」のような短い形、湯浅訳と福田訳は「格物窮理」のような長い形をとる。山崎訳は抄訳で、本文を巻二から並べて巻一「道体」を最後に置くので、引用を照らし合わせるときは気をつけるとよい。

  • 市川安司訳注明治書院・新釈漢文大系37、1975年

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    A5判676ページの1冊。叢書の方針として原典の全文に訓読、訳、注をつけ、索引もそなえる。目次の巻名は「論学」「致知」「克治」「総論聖賢」のような短い形をとる。

  • 湯浅幸孫訳たちばな出版・タチバナ教養文庫(上・中・下)、1996年

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    文庫3冊で、上巻に第1〜3巻、中巻に第4〜8巻、下巻に第9〜14巻を収める。版元の紹介によれば訓読文と現代語訳に丁寧な注釈がつき、下巻に湯浅の解説がある。元は朝日新聞社の中国文明選(4・5)で、1972年と1974年に出た。巻名は「為学大要篇」「格物窮理篇」のような長い形をとる。下巻は版元で在庫僅少(2026年10月時点)。

  • 福田晃市訳解明窓出版、2009年

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    副題に「基礎からよく分かる」「朱子学の入門書」とある396ページの1冊。版元ドットコムの紹介文は本書を完訳とし、目次には「道体」「為学大要」「格物窮理」のような巻名が並ぶ。国立国会図書館の書誌では改訂版とされ、文献がつく。版元ドットコムでは出版社の在庫情報が「不明」となっている(2026年10月時点)。

  • 山崎道夫編訳明徳出版社・中国古典新書、1967年

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    1988年の刷は302ページ。前に近思録の編集や成立、書名、読み方、研究書目を論じる解説を置く。関西大学の研究は本書を和文抄訳としている。本文は巻二から巻十四を先に並べ、巻一「道体」を最後に置く。版元ドットコムでは出版社の在庫情報が「不明」となっている(2026年10月時点)。

ほかに古い訳注として、秋月胤継訳註の岩波文庫(1940年初版、1977年にも刊行)と、鈴木由次郎ほか訳注の朱子学大系9(明徳出版社、1974年)がある。英語で読むなら、陳榮捷(Wing-tsit Chan)の英訳 Reflections on Things at Hand(コロンビア大学出版局、1967年)がある。

さらに深く

【内容のあらまし】

巻頭に朱熹の短い文がある。1175年の夏、呂祖謙《りょそけん》が東陽から寒泉精舎《かんせんしょうじゃ》を訪ねて十日ほど泊まり、二人で周敦頤《しゅうとんい》、程顥《ていこう》、程頤《ていい》、張載《ちょうさい》の書を読んだ。あまりに広大で初学者が入口を見つけられないのを恐れ、大筋にかかわり日々の暮らしに切実なものを抜き出したという。これで足りるとして止まるなら編集の意図に反する、四人の全集へ進めとも念を押している。

全14巻は、根本の理から心の修養、家と出処、政治、教育を経て、異端の批判、聖賢の人柄へと並ぶ。第1巻「道体」は、周敦頤の『太極図説』をまるごと第1条に置いて始まる。初学者にいきなり陰陽や性命の話を出すのはなぜか。呂祖謙は自分の題詞で、すぐには語れないが大筋を知らなければ向かう先がないので、名前だけでも知らせるために巻頭に置いたと答え、低く近いものを嫌って高く遠いものに走るなら書名の近思にはならないと戒める。この巻には、程頤の「性即理也」(人の本性はそのまま理である)や、医書が手足のしびれを不仁と呼ぶのは仁をよく言い当てているという一条も入る。

第2巻「為学大要」は111条で最も長く、聖人は天を、賢人は聖人を、士は賢人を目ざすという周敦頤の言葉から始まる。孔子の弟子三千人のうち顔回だけが学を好むとされたのはなぜかという問いに、程頤は聖人に至る道を学んだからと答える。天を父、地を母と呼ぶ張載の『西銘』も、ここに「訂頑」の名で収められる。第3巻「格物窮理」では、学は思うことにもとづくと言い、一つの物を窮めれば全部わかるのではなく、今日一つ、明日また一つと積み重ねてはじめて通じると説き、学ぶ者はまず疑うことを覚えよとも言う。第4巻「存養」は心を保つ工夫で、敬とは一つに集中することであり、一とはよそへ心が行かないことだと定義される。程頤は人が静かに座っているのを見るたびに、よく学んでいると感心したという。

後半は外へ向かう。家を整える道、仕えるか退くか、国を治める根本と制度、役人としての身の処し方、教え方が続き、第12巻は過ちと心の病を戒める。第13巻は14条と最も短く、申不害《しんふがい》・韓非より楊朱・墨子の害が大きく、仏教と老荘の害はさらに大きいとする程顥の言葉で始まる。最終巻「聖賢気象」は人柄の描写集で、孔子は天地、顔回はおだやかな風とめでたい雲、孟子はそびえる泰山にたとえられ、周敦頤の胸のうちを雨上がりの風と月にたとえる一条もある。全巻の最後は、程顥と程頤は14、5歳のころから聖人を学ぼうとしていたと語る張載の言葉で閉じる。

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