『パラメデスの弁明』
ぱらめですのべんめい
古代
ゴルギアスが英雄パラメデスを架空に弁護した演示弁論
この著作について
紀元前5世紀後半のソフィスト・ゴルギアスが残した完存テクストの一つである。トロイア戦争の挿話で、オデュッセウスの讒言により反逆罪を捏造されて処刑された英雄パラメデスの自己弁護を、ゴルギアスが架空に再構成した演示弁論である。『ヘレネー頌』とともに、ゴルギアスの修辞術が直に読める数少ない作品である。
【内容】
弁論はパラメデスがギリシア軍の前で自らを弁護する一人称形式で展開される。論証は二段階に分かれる。第一段では、自分にはペルシアと内通する手段がなかったことを、可能性の論理(プラグマトロギア)にもとづき体系的に否定する。第二段では、たとえ手段があったとしても動機がなかったことを、自分の人格・経歴・社会的地位から論証する。法廷弁論術の典型的形式を模範的に提示しながら、修辞学の論証技法を学習用に整理した実例集としても機能する。
【影響と意義】
古代ギリシア修辞学において、法廷弁論の模範例として繰り返し参照された。アリストテレス『弁論術』の体系化にも素材を提供したと考えられる。日本語訳は内山勝利編『ソクラテス以前哲学者断片集』第Ⅲ分冊に所収されている。
【なぜ今読むか】
言葉による自己弁護の論理学として、現代の法廷弁論やディベート術の原点をなす古典である。
さらに深く
【内容のあらまし】
弁論は37節からなり、終始パラメデス自身の一人語りで進む。聞き手は、第33節で彼が「ギリシア人の第一人者」と呼ぶ裁き手たちである。
第1節で彼は、この告発と弁明が死をめぐる争いではないと言う。自然が、生まれた日にすべての人へ死の票を投じているからだ。かかっているのは名誉と不名誉、正しく死ぬか、最大の汚名を着せられて力ずくで殺されるかである。告発者オデュッセウスは、ギリシアを思っての訴えなら最良の人、妬みからなら最悪の人だと挟む。
第5節が論証の骨組みである。「οὔτε γὰρ βουληθεὶς ἐδυνάμην ἂν οὔτε δυνάμενος ἐβουλήθην」(望んでもできなかったし、できても望まなかった)。第6節から第12節は、実行できたかを一歩ずつ追う。裏切りにはまず言葉が要り、言葉には会う機会が要る。会えたとしても、ギリシア人と異国の者では話が通じず、通訳を入れれば隠すべきことの証人が3人目になる。金品を運ぶのが夜なら見張りが多く、昼なら光が敵になる。仲間がいたとしても、自由人とはここにいるあなたがた自身であり、奴隷なら自由欲しさか拷問で口を割る。敵を引き入れるにも、門を開け閉めするのは指揮官で、はしごで越えれば見張りに見つかり、壁を破れば誰の目にも入る。野営地では皆が皆を見ているからだ。
第13節から第21節は動機を一つずつ消していく。支配を望んだのかと問うところから始め、最後に恐れや苦しみを逃れるためだったのかを問う。ギリシアを裏切れば、自分自身も両親も友も、父祖の墓も裏切ることになる。異国の者の間でも裏切り者は信用されず、財産も僭主《せんしゅ》の座も祖国も取り戻せることはあるが、失った信用は二度と得られない。
第22節で彼は告発者に向き直り、確かな知識から訴えるのか、臆見《おっけん》からなのかと問い、見たのか、加担したのか、加担者から聞いたのかと詰め寄る。また、告発者がパラメデスを利口で策に富む者と咎めながら、ギリシアを裏切る狂気の所業までしたと咎める矛盾を突く。さらに、陣形、成文法、文字、度量衡、数、のろし、暇を苦もなく過ごす盤上遊戯を考え出して人の暮らしを豊かで秩序あるものにした恩人だと述べ、そうしたことに心を砕く者に恥ずべき行いはできないと言う。
第33節以下では、哀れみや嘆願に頼らず、言葉より事実を、短い時間より長い時間を重んじよと説き、身柄を守ってもっと時間をかけて裁いてほしいと訴える。不当に殺せば汚名を負うのは告発者でなく裁き手だとも言う。最後の第37節は、長い話を手短に繰り返すのはつまらぬ裁き手に対してだけだとして、要約をせずに語り終える。
著者
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