フィロソフィーマップ
弁

『弁論術』

べんろんじゅつ

古代

説得の技法を三つの手段と三つのジャンルで体系化した古代修辞学の金字塔

哲学

この著作について

アリストテレス(Ἀριστοτέλης)が紀元前4世紀に著した修辞学の古典(原題『Ῥητορική』)。師プラトンが『ゴルギアス』『パイドロス』で弁論術を批判的に扱ったのに対し、アリストテレスは弁論術を独立した体系的学問として確立した、西洋修辞学の根本文献である。

【内容】

本書は全三巻からなる。第一巻は弁論術の一般理論を扱い、説得の三つの手段——話者の人柄による倫理的説得(エートス)、聴衆の感情に訴える感情的説得(パトス)、論証による論理的説得(ロゴス)——を区別する。さらに弁論を三つのジャンル——議会弁論(将来の決定)・法廷弁論(過去の裁定)・式典弁論(現在の賞賛)——に分類する。第二巻は聴衆心理を詳しく分析し、怒り・愛・憎しみ・恐怖・羞恥・妬みといった感情の発生条件、年齢と境遇による気質の差異、説得の具体的技法を論じる。第三巻はスタイルと構成を扱い、明快さ・適切さ・音調といった文体の諸徳と、序論・叙述・論証・結論からなる演説構成の技法が詳述される。

【影響と意義】

本書はキケロ『弁論家について』、クインティリアヌス『弁論家の教育』を経て、西洋教養教育の基礎科目「修辞学」の内容を二千年にわたって規定した。近代以降は文学理論・コミュニケーション学・議論術・政治広報論・広告論に形を変えて継承され、チャイム・ペレルマンの新修辞学、スティーヴン・トゥールミンの論証理論、ケネス・バークの劇作法、現代のアカデミック・ライティング教育に連なる。

【なぜ今読むか】

SNS・公共弁論・AI生成テキストの時代に、「人を動かす言葉」の構造を古代から見直すための最短の古典である。

どの訳で読むか

文庫で出ている訳には岩波文庫の戸塚訳と光文社古典新訳文庫の相澤訳があり、どちらにも電子書籍がある。いちばん新しい訳で文献や年譜、索引までそろったものがよければ相澤訳、各章の小見出しと巻末の訳者註をたよりに議論を追いたいなら戸塚訳が目安になる。全集版の堀尾訳は2026年10月時点で版元品切れなので、図書館で探すとよい。

  • 戸塚七郎訳岩波書店・岩波文庫、1992年

    Amazonで探す

    全3巻を1冊に訳した文庫で、目次では各章に小見出しが並ぶ。巻末に解説、参考文献、訳者註を収める。版元は「明解で読みやすい新訳」と紹介している。電子書籍もある。

  • 相澤康隆訳光文社・光文社古典新訳文庫、2025年

    Amazonで探す

    ここに挙げた中でいちばん新しい訳。国立国会図書館の書誌によれば、文献、年譜、索引がつく。文庫で672ページあり、電子書籍もある。

  • 堀尾耕一訳岩波書店・新版 アリストテレス全集18、2017年

    Amazonで探す

    A5判上製・函入の全集の一巻で、『詩学』(朴一功訳)と、版元が擬作と紹介するアレクサンドロス宛ての弁論術書(野津悌訳)もあわせて収め、解説と索引がつく。2026年10月時点で版元では品切れ。

さらに深く

【内容のあらまし】

第1巻は、弁論術は問答法(ディアレクティケー)と対をなす、という一文で始まる。これまでの手引書は、説得の本体である推論(エンテューメーマ)に触れず、裁判官に怒りやあわれみを起こさせるといった本筋でない事柄ばかり論じてきたと批判し、それは使う前の定規を曲げるようなものだと言う。それでも弁論術は役に立つ。真実で正しいものは本来その反対より強く、判定が誤るのは弁じる側の落ち度だからだ。こうして弁論術は、どんな事柄についても、そこにある説得の手段を見てとる能力と定義される。

言論が生む説得は三種で、語り手の人柄、聞き手の心の持ちよう、言論そのものの論証による。聞き手が将来を決める議会の人か、過去を裁く陪審員か、腕前を見る観客かに応じて、弁論は議会弁論、法廷弁論、式典弁論に分かれ、式典弁論は現在を扱う。

続く章は前提の目録になる。議会の主題は財源、戦争と平和、国の防衛、輸出入、立法の五つにまとめられる。法廷の章は、人の行為の原因を偶然・自然・強制・習慣・理性・怒り・欲望の七つに分け、書かれた法の不備を補う衡平を取り上げて、法の文言より立法者の意図に目を向けよと説く。巻末には、語り手が作り出すのではない法律・証人・契約・拷問・誓いの五つの証拠が並ぶ。

第2巻は語り手の人柄と聞き手の感情を扱う。語り手が信頼されるのは、思慮と徳と好意を備えて見えるときだ。感情は一つずつ、どんな状態の人が、誰に対して、何のゆえに抱くかの三点から分析される。怒りは、自分や身内が不当に軽んじられたと見えることへの、苦痛を伴う仕返しの欲求である。あわれみは、それに値しない人に降りかかった災いを見て起こる苦痛で、同じ災いが自分や身内にも間近に起こりうると思えることが条件になる。若者は希望に生き、何でも知っていると思いこむが、老人は記憶に生き、知っているとは言わず思うと言う。

第3巻は言い方に進む。何を言うべきかを知るだけでは足りないとして、まだ誰も論じていない声の使い方にも触れる。新しい考えをたやすく得るのは快く、それを最もよく生むのが比喩だとして、比例にもとづく比喩の例に、戦で死んだ若者が国から消えたのは一年が春を失ったようなものだというペリクレスの言葉を引く。演説の部分は、ふつうの区分をばかげていると退け、欠かせないのは主題の提示と証明の二つで、多くても序論・主題の提示・証明・結びの四つだとする。最終章は結びの四つの務めを論じ、接続詞を抜いた「εἴρηκα, ἀκηκόατε, ἔχετε, κρίνατε」(私は語った。諸君は聞いた。事実は手元にある。判定を下されたい)という一句で全巻を閉じる。

著者

関連する哲学者と話してみる

Amazonで見る