弁
『弁道』
べんどう
荻生徂徠《おぎゅうそらい》·近代
「道」の意味を古文辞学の立場から再定義した徂徠の綱領
哲学
この著作について
荻生徂徠《おぎゅうそらい》の古文辞学の根本綱領を示す短編で、享保五年(一七二〇年)頃に成立した。『弁名』と一対をなし、徂徠学の入口に置かれる書物である。
【内容】
本書は、朱子学者が「道」を抽象的な理・心・誠としてきたことを批判し、「道」とは先王(古代の聖人)が天下を安んじるために制作した「礼楽刑政」であると定義する。聖人個人の内面的修養ではなく、制度・儀礼・政治の具体的な技法こそが道だと力説する。天道と人道を峻別《しゅんべつ》し、道徳形而上学を解体して政治学へと向かう姿勢が貫かれる。『論語』『孟子』の語義をいったん宋学の解釈から引き剥がし、中国上古の言語感覚に戻って読み直すという方法論も明確に打ち出される。
【影響と意義】
朱子学の内面主義・形而上学を徹底的に相対化する本書の姿勢は、日本近世の古学の流れを決定づけた。本居宣長《もとおりのりなが》の文献学、丸山眞男《まるやままさお》・吉川幸次郎らの徂徠研究も、この短い書物を起点として展開された。
【なぜ今読むか】
「道徳の源泉は内面か制度か」という問いは、今日の倫理学でも生きた論点である。
著者
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