『学問の進歩』
がくもんのしんぽ
近代
知の総棚卸しを試みたベーコン方法論の序曲
この著作について
フランシス・ベーコンが1605年に英語で公刊した、諸学問の現状総覧と今後の改革計画を論じた散文論考。後の『ノヴム・オルガヌム』に代表される「大革新(Instauratio Magna)」計画の序論にあたり、近代科学方法論の出発点の一つに数えられる著作である。
【内容】
全2巻。第1巻ではまず学問の価値を、神学・政治・個人の徳のいずれにとっても欠かせないものとして擁護する。続いて第2巻で、記憶・想像力・理性という人間の能力に対応させて、学問を歴史学・詩学・哲学に三分し、各領域の現状と欠落を詳細にレビューする。各項目ごとに「欠けているもの」を明示するベーコン独特の棚卸し方式によって、未来の研究プログラムを具体的に提示していく。
【影響と意義】
本書の学問分類は、後のディドロ/ダランベール『百科全書』の体系の原型となり、近代学問の制度化に強い影響を与えた。王立協会設立などイギリス科学革命のイデオロギー的背景としても機能し、経験と実験を重視するベーコン的科学観を広く定着させた。
【なぜ今読むか】
自分の知の地図を「欠けている領域」から眺め直す手つきは、情報過多の現代にこそ効く。体系的知識観の原型を短く味わえる古典である。
どの訳で読むか
版元の在庫表示があるのは、河出書房新社の「世界の大思想」オンデマンド版に入った服部英次郎・多田英次訳で、同じ訳の岩波文庫は版元の表示が品切れになっている。別の訳と読み比べたいなら、中央公論社「世界の名著」のベーコンの巻に成田成寿訳が「学問の発達」の題で入っていて、図書館で読める。題が違うので、探すときは両方を試すとよい。
服部英次郎・多田英次訳河出書房新社・「世界の大思想」オンデマンド版2-4「ベーコン」、2005年(1966年刊の複製)
Amazonで探す1966年に出た「世界の大思想」第6巻(ベーコンの巻)の複製で、A5判490ページ。版元は在庫ありとしている。『ノヴム・オルガヌム』(服部英次郎訳)と「ニュー・アトランチス」(中橋一夫訳)も同じ1冊に収められる。
服部英次郎・多田英次訳岩波書店・岩波文庫、1974年
Amazonで探す岩波文庫の青617-1で、396ページ。版元の紹介文は、ベーコンがすべての学問領域にわたって過去を点検し、全体を展望しながら未来への方向を示したと述べ、中心的著作のひとつとしている。版元の在庫表示は品切れ。
成田成寿訳中央公論社・「世界の名著」のベーコンの巻(1970年刊は20巻、1979年の中公バックス版は25巻)
Amazonで探す題は「学問の発達」。福原麟太郎が編集した巻で、随筆集と『ニュー・アトランティス』も同じ巻に入る。
さらに深く
【内容のあらまし】
1605年の初版の扉は、本書を、学問の熟達と進歩について神のことと人のことを論じた2巻の書と記す。ジェイムズ1世の治世の初めに出た本で、第1巻は王への呼びかけから始まり、王の知性を、聖書が最も賢い王について語る海の砂のような心にたとえて称える。
本論はまず、学問が受けてきた不名誉を晴らす。どれも無知から来るもので、それは神学者の熱心、政治家の厳しさと尊大、学者自身の過ちに姿を変えて現れるという。人の堕落を招いたのは、楽園で被造物に名を与えた自然の知ではなく、自分で自分に法を与えようとした善悪の知だと答える。続いて学者の学問にひそむ病として、空想の学問、論争の学問、凝った学問の三つを挙げ、最後のものから論じる。凝った学問では、十年キケロを読んで過ごしたと言うとこだまがギリシア語で「ロバよ」と返す、エラスムスの戯れが引かれ、言葉は事柄の似姿にすぎないから、ピュグマリオンの狂気がよい象徴になるという。論争の学問は、少ない書物に閉じこもったスコラ学者の病で、知性が自分自身を材料に働くと、蜘蛛が巣を張るように、糸は精巧でも中身のない学問の蜘蛛の巣が生まれると書く。知は、寝椅子や見晴らし台、誇りの塔、争いの砦、商いの店ではなく、造り主の栄光と人間の境遇を救うための豊かな蔵であるべきだとする。
第2巻はまず、学問に尽くした事業を場所、書物、人に分け、講義の俸給の安さや実験費の不足などの欠けを指摘する。そのうえで、誤りは論じず欠けた所だけを数えると断って、学問全体を踏査する。歴史の項では、学問の歴史だけが欠けているとし、これを欠いた世界史を、目をえぐられたポリュペモスの像にたとえる。知はピラミッドで、自然哲学なら土台が博物誌、次の段が自然学、頂に近い段が形而上学だとし、目的因そのものは退けないが、自然学に混ぜると現実の原因の探究がさえぎられると戒める。論理学の判断の項では、人の心は平らで澄んだ鏡ではなく魔法の鏡に近いとして、心の本性、各人の習慣、言葉から来る三つの偽りの像を挙げ、それへの戒めが欠けていると記す。のちの『ノヴム・オルガヌム』は、人の心にとりつく四つのイドラを論じることになる。倫理学では、模範を描く書は多いが意志を鍛える方法は欠けており、この心の農耕詩は英雄的な記述に劣らず価値があるとする。哲学全体を論じ終えると、自分の文章を、楽師が楽器の調子を合わせる音にたとえる。最後の神学の項では、理性を使える範囲の吟味が欠けているとしつつ、内容については、良い種も毒麦も熱心にまかれてきたので空いた土地は見当たらないと記す。知の世界の小さな地球儀を作ったと結ぶ。
著者
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